今月(2014年6月)はワールドカップがあり(っていうかもう来週!)、テレビやラジオをつけてもW杯の勝敗予想やサッカー論や日本代表選手のドキュメンタリー番組、フリーペーパーにはサッカー本の告知やサッカーファンの初心者向けの観戦術など、今はまさにW杯商戦ではないがサッカーの試合が商品となって「販売」され、またW杯での日本代表の結果によって日本国内で行われるサッカーの試合でのチケットセールスにもモロに影響を与えるので、90年代以降(1994年のアメリカ大会以降)からサッカーというのは文字通りビジネスとなり、試合での集客というのが金銭に直結する筆者(独眼鉄)が言う「スポーツの現金化」が最も成功したスポーツがサッカーであると言える。

のっけから話が脱線したような感覚があるが(苦笑)、今の日本のサッカーというのは旧来の体育や健康促進のための活動というより(それはそれで重要だしそのことは機会があればまた書きたいことでもあるが)、今月のW杯をヒエラルキーの頂点とした(サッカーの試合を映画やコンサートのようなコンテンツという商品とする)ソフト産業領域のビジネスとなった感がある。

サッカーの試合が商品となることは、まず試合を無事に行うことも当然重要な要素になるが、①試合を行う→②中継する(放映権料の発生)→③その試合の内容に対して様々な角度から論評する(新聞・テレビ・スポーツ雑誌・ウェブ媒体・個人のブログなど)→④その試合の(W杯なら)サッカーの歴史的意義が残る(今までなら「ドーハの悲劇」「ジョホールバルの歓喜」「日韓大会ベスト16」etc…)、と80年代までなら「単なる自分達とは文化圏の違うサッカーのお祭り」だったのが、今のW杯というのは単なる試合ではなくサッカーの試合に国家の存在に対する歴史的な意味まで付加されつつある重要なイベントに変貌しているのが現在のW杯である。

特に(W杯だけでなくそれぞれの国・地域のリーグ戦でも同様だが)今言ったサッカービジネスの流れで今の時代で重要なのが③の「様々な角度からの論評」である。よく遠足や旅行は旅行そのものよりもその準備が楽しいというが、サッカーの試合も試合そのものも大事が試合後も同じくらい重要である。ここが肝心である。ここまで色々言ってきたが要は飲み屋のおっさん達の(無駄に)熱いサッカー談義をいかに楽しく面白く喋らすかである。筆者(独眼鉄)が愛するジェフの「ヤザのドリブルが良い」だの「王様(兵働)のパスは絶滅危惧種のファンタジスタだ」と同様に、今回のコスタリカ戦なら「大迫の起用は是か非か」「本田圭佑は(強化試合では不調だったが)初戦からやってくれるか?」など飲み屋での熱いトークが重要になり、老若男女それぞれがその自分達のトークに磨きをかけるためにW杯を見て大会後の国内のサッカーのチケットを買うのである。W杯は日本国内で文化として華開いた一方で産業にも昇華している。