ここ何年かプロ野球でもクライマックスシリーズ(CS)が球界に定着してきた感があり、一方Jリーグでは2015年からJ1では2シーズン制が導入されることが決まった。野球でもサッカーでもなぜこういう制度が導入されたのかを考えたい。
プロ野球ではCSが導入されてセパ両リーグで1位から3位までのチームが日本シリーズの出場の挑戦権が与えられることになった。このことでリーグ優勝できなかったチームが日本一になる現象が起こった(今年の楽天は文句なしだったが)。
一方Jリーグでは前述の通りJ1の2シーズン制が導入される。2シーズン制になることでそのシーズンで最も勝ち点や勝利数が多いチームが優勝できない矛盾が生じる。何故Jリーグでもこのような奇妙なシステムを導入することになったのか?
この2つの日本の二大国技(野球とサッカー)がこういうシステムを導入したのかと言うと、野球もサッカーもプロスポーツがビジネス化し、どちらも「興行」として成立させないといけなくなった。
プロスポーツリーグとして最も避けたい事の一つに消化試合の存在がある。昨日(2013年11月24日)大相撲の九州場所で千秋楽の横綱決戦までいって日馬富士が優勝したが、相撲協会としてもここ何場所は千秋楽まで行かずして白鵬が優勝を決めていたが、相撲も興行上千秋楽まで盛り上がって貰いたいのと同様、野球もサッカーもリーグの後半まで縺れ(もつれ)に縺れる展開が興行上理想なのである。
一方野球でもサッカーでもあるチームがぶっちぎりで優勝してしまったらリーグの魅力は当然低下する。その時のリーグ後半のチケットは何の価値も無く、選手も裏方もリーグも誰も幸せにならない。リーグとしても赤字が膨らむだけである。
プロスポーツが産業として最も価値のある収入にチケット収入がある。チケットセールスの増加により文字通りスポーツを現金化することによってリーグの赤字を減少するのである(あと野球の場合、試合数を増やすことによって引退した元プロ野球選手の解説者の雇用の創出にも繋がる)。
しかし興行上の赤字を減らす理論のみによって構築されたリーグ運営は、前述のプロ野球のようにリーグ優勝出来なかったチームが日本一になる矛盾が起こる。90年代から現在までスポーツが産業化されチケットやスポンサー収入により現金化されることでその競技の本来の魅力や競技の本質が崩れてきている部分もある。今回プロ野球CSとJリーグ2シーズン制について、日本のプロスポーツ産業の興行と競技の本質の両者のバランスを当事者が考えなければならないことを感じた。
プロ野球ではCSが導入されてセパ両リーグで1位から3位までのチームが日本シリーズの出場の挑戦権が与えられることになった。このことでリーグ優勝できなかったチームが日本一になる現象が起こった(今年の楽天は文句なしだったが)。
一方Jリーグでは前述の通りJ1の2シーズン制が導入される。2シーズン制になることでそのシーズンで最も勝ち点や勝利数が多いチームが優勝できない矛盾が生じる。何故Jリーグでもこのような奇妙なシステムを導入することになったのか?
この2つの日本の二大国技(野球とサッカー)がこういうシステムを導入したのかと言うと、野球もサッカーもプロスポーツがビジネス化し、どちらも「興行」として成立させないといけなくなった。
プロスポーツリーグとして最も避けたい事の一つに消化試合の存在がある。昨日(2013年11月24日)大相撲の九州場所で千秋楽の横綱決戦までいって日馬富士が優勝したが、相撲協会としてもここ何場所は千秋楽まで行かずして白鵬が優勝を決めていたが、相撲も興行上千秋楽まで盛り上がって貰いたいのと同様、野球もサッカーもリーグの後半まで縺れ(もつれ)に縺れる展開が興行上理想なのである。
一方野球でもサッカーでもあるチームがぶっちぎりで優勝してしまったらリーグの魅力は当然低下する。その時のリーグ後半のチケットは何の価値も無く、選手も裏方もリーグも誰も幸せにならない。リーグとしても赤字が膨らむだけである。
プロスポーツが産業として最も価値のある収入にチケット収入がある。チケットセールスの増加により文字通りスポーツを現金化することによってリーグの赤字を減少するのである(あと野球の場合、試合数を増やすことによって引退した元プロ野球選手の解説者の雇用の創出にも繋がる)。
しかし興行上の赤字を減らす理論のみによって構築されたリーグ運営は、前述のプロ野球のようにリーグ優勝出来なかったチームが日本一になる矛盾が起こる。90年代から現在までスポーツが産業化されチケットやスポンサー収入により現金化されることでその競技の本来の魅力や競技の本質が崩れてきている部分もある。今回プロ野球CSとJリーグ2シーズン制について、日本のプロスポーツ産業の興行と競技の本質の両者のバランスを当事者が考えなければならないことを感じた。