筆者(不器用貧乏)は今、スポーツの現金化といってスポーツビジネスのことを書き連ねているが、どの競技でも言えることであるが一つわかったことがある。

以前家族で話していたことであるが、筆者の妹が中学生時代女子ソフトボール部にいてクリーンナップを打っていたらしく、妹曰く「スポーツの出来不出来は中学時代の顧問との出会いに左右される。」といい、言われてみれば筆者は中学生時代柔道をやっていたが、中学生時代の柔道部の顧問が柔道の強豪の大学出身で鬼のように強く、また指導も熱心だったので筆者のような凡人でも一応県大会には出場できた。筆者は基本的に学校でいい出会いは少ない方だったが、この顧問との出会いは幸運であったと感じる。

妹の場合も中学の女子ソフトボール部の監督の哲学(持論)で、打者は基本的に全員左打者で妹の中学と対戦したチームの投手は、延々左打線と対戦しなければいけなかったという。

このソフトボール部の監督に限らず、どの競技でもある程度優秀な監督は(プロアマ問わず)何かしらの哲学があるし、またそういう哲学のある監督の試合は自分が知らない競技でも面白いと思える(監督の哲学論についてはまたいずれ機会を改めて書きたい)。

しかしここからが本題だが筆者にしろ誰にしろ、「中2病」という言葉もあるように、スポーツの世界にとって中学生時代は集中的に濃度の濃いトレーニングをすれば飛躍的に伸びる一方で、中学生という生き物ほど面倒臭い生き物もないのも事実である。中学生を1人2人相手するのも骨が折れるのに30人も相手するのは相当しんどいだろう(少なくとも筆者にはできない)。筆者はスポーツチームの監督をするには牛みたいに胃が4つぐらいないと身が持たないと感じている(以前サッカーのGMが自身のチームが勝てない時、胃に3つ穴が空いたという)。

指導者はこの禁煙時代に(筆者は煙草は吸わないが筆者の周りで煙草を吸いたい人がいる時は吸わせる)やたらヘビースモーカーが多いのは、将来禁煙をすれば寿命が伸びても今煙草に逃げ道を持たないとストレスで胃に穴が空くから煙草を吸うのだろう。理屈で煙草が体に悪いのは百も承知だが、それでも「面倒臭い」の塊を扱うのは苦しいからだろう。教え子の成長を見るのは嬉しいのだろうが、その一方で相当辛抱しなければならない世界なのである。

お知らせ 現在筆者は「不器用貧乏」というHNでブログをやっていますが先日このHNでツイッターやブログをやっている方々が複数いる(筆者とは別人)ことがわかったので、混乱を避ける為、このブログの名称を近日中に変更する予定です。まだブログを始めて5ヶ月なので今の内に変えておいたほうが無難なためにこのことを決めました。一応新しいブログタイトルになってもしばらくは「旧・不器用貧乏」と入れるつもりです。読者の方々には申し訳ないですがご了承お願いします。(ブログそのものは今までと同じペースと内容を維持する予定です。要は中身は全く変わらず看板だけ同一名称での混乱を避ける為に変えるだけです。)