ブログネタ:飲み会好き?
参加中私は好き 派!
そりゃー好きですよ!
家で飲むお酒はなぜか美味しくない。。
みんなでワイワイ飲むからきっと美味しいんでしょうね
日頃の貯まったストレスも
友達と一緒に飲むだけで嫌な事を忘れたり
愚痴を言ったりしてスッキリできますもの![]()
この前半年ぶりの呑み会で同級生と行ったけど
10年ぶりとか25年ぶりにあった人もいて楽しかった![]()
たまには息抜きも必要ですよー
ブログネタ:朝と夜、どっちが元気?
参加中私は夜 派!
そりゃもう朝がグダグダなんでね。。。
夜に元気になるしか^^;
不眠傾向があり入眠剤を使用しています。
なので薬を飲まなければ
朝まででも余裕で起きていられるほど元気ハツラツ♪←死語w
朝は薬の効果が引っ張られてるので
完全にグダグダ状態・・・・
ア○ーの神にお祈りしてんの?と夫に言われてしまうような恰好で
部屋でうずくまっております^^;
でも最近は疲れが貯まっているようで
ちょっと早く寝れるようになりました![]()
朝派になれる日は来るだろうか?!
とりあえずは、頑張ってみようかな~
ブログネタ:人付き合いは得意?苦手?
参加中私は苦手 派!
タイトルみたいに「人付き合いは得意!」と言えたのは、一体いつの頃だろうか。
いつの間にか周りの人の顔色を窺い見るようになり
「あーこの人わたしのこと良く思ってないよね」とか思うようになって
そのネガティブさが人と関わることを避けるようになりました。
まぁね、鬱病にもなったりしたしね。
そんなわたしを「重い」と言った人もいたしね。
やっぱりわたしって嫌がられる人なんだね・・・とますます暗くなり
引きこもり生活をずーっと続けて来ましたよ。
でも今はそうも行かず、半分泣きながら毎日用事やらで外出してますが。
ある程度気の合う仲間だったり、話の合う人だったりならいいんだけど
やっぱり今も不特定多数の人がいる場は本当に苦手。。。
付き合い無いから話題も無い。
周りのことがわからないから話題に乗れない。
もぉーどーしよもないじゃんね^^;
やっぱり人付き合いは苦手だわぁ。。。
今日は娘がお世話になっている、通級の保護者会があって出席してきました。
いつも、もんもんが騒がしいからと遠慮して不参加にするか
終わる頃を見計らって行って、先生と少しお話して帰る程度だったのですが。
ちょっと興味のある講演があったので、無理して出席してきました。
講師の方が、東京大学先端技術研究センターの近藤武夫先生 でした。
わたしの息子はLD(学習障害)の診断を受けたことがあります。
近藤先生の資料から言葉を選ぶと
うちの息子は「書字障害」に当たると思います。
とにかく字を書くことが苦手で、自分の名前を全て漢字で書けるようになったのは
中学生になってからのことでした。
黒板に書かれたことをノートに書き写すことも苦労だったようで
「明日の時間割は、国語・算数・理科・社会です」と書かれても
息子は、こ・さ・り・しゃ と言うようにしか書き取ることができませんでした。
時間内に書字することができないまま、黒板の字は消されてしまうからです。
中学生になってから覚えたアルファベット。
これも相当苦労して覚えたようです。
一般的には、何度も書けば覚えられると思いますが
書くことに強い抵抗を持っているため、書いて覚えるということができませんでした。
なので、音を聞いて覚えるしかなかったようです。
その覚え方を教えてくださったのは、通級の先生でした。
今日の講演を聞いても息子は書字障害でもまだ軽度の方だったとは思います。
それでも通常学級での授業は、1日中苦しい思いをしながら過ごしていたんだなーと思えるようなお話でありました。
しかし東京大学先端技術研究センターで取り組まれているDO-IT Japan の活動内容や
実際にプログラムに参加されているお子さんのお話を聞かせて頂いたところ
最新テクノロジーを使用することで苦手なことを補い
更に勉強に取り組める環境を作ることができるというようなお話に
わたしの脳は釘づけになっていました。
ここには書き切れてないほど、興味があるお話がたっくさんあったんです。
しかし・・・・
このところ保護者会攻めの日々が続いたせいか
もんもんはちっとも大人しくしてくれることなく
ちょっとした悪ふざけが始まり
だんだんテンションが上がってしまい
そのまま座ってお話を聞いていられる状態ではなくなってしまいました・・・
脳と耳は椅子に置いておきたいという願いも叶わぬまま
もんもんと一緒に廊下に出ました。
「今は先生がお話をしているでしょ?だから静かにお話を聞かないと」と語りかけてみるが
やっぱり上がってしまったテンションは下がることも無く
わたしの話もサッパリ聞いてくれないはしゃぎよう。。。
ここ数日の忙しさでわたしも疲れてしまって
まだ3歳のもんもんにイライラが募ってしまいました。
何で言うことを聞いてくれないの!
そんなイライラした気持ちで話しかけても、もんもんには何も届かない。
講演は聞きたかったけど、もう諦めようと思いました。
「もう帰ろうか・・・」と言うと
「いやだー!がっこうでべんきょうしたいのー!」と廊下に転がって泣きだす始末。。。
もうどうにもならんわー
教室に戻りたがるもんもんを何とか抑え
講演が終了するのを、廊下でじーっと待っていました。
みなさんが帰り始めたので講演も終了となったのでしょう。
せっかくいいお話が聞けると思っていたのに残念でならなかったけど
あのままもんもんがいる方が、先生をはじめ、皆さんにも迷惑をおかけしてしまうことになる。
そんな申し訳ない気持ちもあって、部屋に戻ってから荷物をまとめて
誰にも声を掛けることなく黙って帰宅してしまいました。。。
こういうことがあるから、わたしは引きこもらずにはいられなくなってしまうのです
まぁもんもんがそれを許してはくれませんけども。。。
LDの息子の他に、ADHDとアスペルガーの息子と、ADHDの娘がいるので
わたしには無駄な知識が付いています。
もんもんのちょっとした行動も「これはADHDの予兆?!」と不安になってしまいます。
イタズラ盛りの3歳児・・・そんなことは無いとは思います。
ADHDとアスペの息子は、1歳の頃から既にもっとすごい兆候を感じていたので
それに比べれば大したことはなく
ただの「元気な子」とか「自由人(と実際周りから言われる)」で済む範囲なんだと思うんです。
わたしは3人も障害を持った子供を産んでしまった。
人より苦労しなければならない子ばかり産んでしまった。
子供たちにも申し訳ない気持ちがあるだけに
わたし自身の後悔というか・・・苦しい気持ちもあるんです。
だからもんもんにも過剰反応してるだけなのかもしれませんが
体も心も疲れているし、優しくするどころかイライラをぶつけてしまう自分が情けなく思います。。。
あんなに周りのジャマをしながら講演を聞いていたのに
今のわたしってダメダメでした。
とぼとぼと2人で手を繋いで廊下を歩き下駄箱まで行くと
去年までお世話になっていた先生が講演を聞き終えて帰られるところでした。
「お兄ちゃんも苦労してたよね」
「あんな勉強方法があったら、勉強も苦ではなかったかもしれないね」
「もっと早くに知っていたら良かったよね」
なんておっしゃっていました。
本当に・・・わたしも同じことを感じました。
まだまだ自分の子育てもあるし
稼業のこともあるし、こんなこと言っても仕方ないのかもしれないけど
いつか・・・息子のように勉強することに苦しんでいる人のお手伝いができたらいいなぁと
夢のようなことを思っていました。
わたし自身成績も良くなかったし、人に何かを教えたりなんかはできないし
弁が立つワケでもないから何の役にも立たないのはわかっているけれど
このような障害があることはまだ多くに認知されているものでもないので
わたしのできるお手伝いがあったら・・・いつかお手伝いをしたいなーとボンヤリと思いました。
もんもんにも「魔法のことば」を使えばよかったなーと後悔。
魔法のことばについては、今度ブログに書きたいと思います。
識字障害の子供をiPadで支援、目指すは大学進学――DO-IT Japanの挑戦
近藤先生は素晴らしい先生でした。
2年前の3.11。
東京に住んでいるわたしにも大きな影響がありました。
あの時家にいたのは、わたしと1歳だったもんもんと長男とワンコ。
「なんか揺れてる?」と思ったら
棚の上の物とかが降って来ました・・・
思った以上に大きな揺れでした。
とりあえず避難口の確保をせねばと思いつつも
大きな揺れに怯えた娘と犬を抱きかかえ
玄関に向かおうとすると、長男が部屋から出てきました。
「とりあえず玄関開けて避難口確保して!」と言うと
息子は階段を下りて玄関を開けてくれました。
その時気になったのは、次男のこと。
学校がお休みで、友達とTDLに遊びに行っていたのです。
慌てて携帯に電話をするも、回線が込み合って全く連絡が付かない。
三男の携帯は呼び出し音が鳴り続けるだけ・・・
夫から固定電話に連絡はあったものの
長男が出て、2人で会話して電話は切られてしまいました。
「あんただけが話してどーすんのよ
」
「え?話したかったの?」と長男。
この状況でもノンビリとした子でしたわ・・・![]()
そこへ小学校から娘が帰宅しました。
「あれ??お迎えとかの連絡無かったよ?帰って来ちゃったの??」
「うん」
「集団下校とかした?」
「ううん。普通に帰ってきた」
「えええーっ
じゃぁ防災頭巾くらい使ったよね?」
「ううん。いつもと同じように帰ってきた~」
そ、そんな・・・・・
毎年やってる避難訓練&引き取り訓練は何のためにやってんの![]()
まぁ無事に帰ってきたから良かったものの
こんなのあり得ないんじゃないの~?と驚いたものでした・・・![]()
その後TDLにいた息子から公衆電話を使って連絡がありまして
友達も含め、みんな元気でいるとのこと。
ちょうどアトラクションから下りて、パレードを見ている時の揺れだったそうです
返れる状態ではないからこのまま泊まるというけれど
息子は翌日に進学先の学校で学力テストがあったのです
まずは、一緒にいる友人の自宅に電話をするも
回線がパンクしているのか、40m先の家にも電話は通じない。
逆に他の家から子供を心配した電話が来たので状況を説明し
うちは翌日のテストのために迎えに行きますので連れて帰ります」と伝えました。
連絡が取れない家庭にも、その方が連絡をしてくださりました。
また、もう1名の自宅に連絡したところ
駅前付近にお住まいの方だったので
帰宅困難者のために自宅解放をしているとのことで
迎えには行くことができないと言うので
「うちの夫が連れて来るので大丈夫!」と伝えました。
ガスは点くかなーと不安だったけど何とか点火できたので
軽く夕飯の用意をして急いで食事をし
夜10時、夫は車で浦安に向かいました。
その頃、わたしの実家からも連絡があり
父が仕事帰りだけど、帰宅難民になっているという・・・
迎えに来てくれないか?と言われるも、息子のお迎えに行ったから行けないと断る。
お父さん。ごめん!でも今は息子を優先させて!
このやり取りで、暫く父はへそを曲げてしまいました^^;
話が戻りますが。
夫の車は深夜3時位に浦安に到着したようです。
苦労して迎えに行ったのに
子供たちは、普段できない体験をできたと喜んでいたそうな^^;
確かにTDLのアトラクション内に宿泊とか通常じゃできないけども・・・・
そんなおバカちゃんたちを車に乗せて
帰りには某牛丼屋さんでご飯を食べさせ6時に帰宅。
そのまま息子は制服を着用し、学校のテストへ向かいました。
わたしの両親は岩手県南部の出身です。
おじやおば、従兄弟にその子供たちと、多くの身内が住んでいます。
特に津波被害の大きかった陸前高田市は母の実家のあるところ。
身内のことがきになるけれど、携帯なんか繋がったりすることは無かった・・・
震災から1週間が過ぎてからやっと、叔母と連絡が取れました。
叔母は内陸の方に住んでいて被害はほとんどなかったようでした。
そして一番心配していた身内ですが
お陰様で誰一人欠けることなくみんな元気にいるとのことでした。
もちろん家などは津波に流されてしまったけれど
命があっただけでも本当に良かった。。。
こんなこともあり、わたしは3.11が忘れられません。
幸いにも、わたしの身内はみんな元気ではありますが
多くの方々が命を落とし、今も見つからない方もたくさんいらっしゃる現状です。
ケガなども無かった方々でも家を失ったり、多くの方が本当に辛い思いをしたことと思います。
わたし自身、まだ育児に追われて震災の支援になるものは何もできませんでしたが
やはりこの日を忘れることはできない1日となったと思います。
被災地に暮らす多くの方々は今も辛い思いをされていることと思います。
どうか1日も早い復興ができることを願います。
最後になりましたが。
震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
この日に辛いことは起きてしまったけれど
彼女が生まれたこの日は本当におめでたい日なんです。
だから言いたい。
:*:;;;:**:;;;:*HAPPY BIRTHDAY*:;;;:**:;;;:*:
あなたが生まれて来てくれたから
わたしはあなたと出会うことができました。
いつっもわたしを気にかけてくれてありがとう。
これからも2人の関係は変わらないよ。
お互いが生きてる限り、ずーっとね。
気が向いたら、あなたの好きな「きみまろ」も一緒に見に行くから。
ずっとずっと元気でいてね。
大好きな親友のあなたへ。