日本占領の目的
江藤淳によると、日本占領の目的は文書になって明文化されているという。
昭和二十年八月二十九日にアメリカ統合参謀本部から、マッカーサーに内示され、九月二十二日に「SWNCC一五〇/四/A」として公表された「降伏後における米国の初期対日占領政策」の中の第一部、「究極の目的」に次のようにあるという。
「日本国に関する米国の究極の目的にして初期における政策がしたがうべきもの左のごとし。
(イ)日本国が再び米国の脅威となり、または世界の平和および安全の脅威とならざることを確実にすること」
つまり、
「この国際政治観に照らしてみると、日本はかつて脅威であり、いまは破れはしたけれども、将来とも脅威にならないようにしなければならない相手方として位置付けられている。これが大原則であって、この原則は、当時は民主党政府ですが、共和党に政権が交代しようが、あるいはその後さまざまな世界情勢の変転があろうが、基本的には少しも変わっていない。
だから、逆にいえば、ワシントンから見た日本という国は、潜在的にはつねに再びアメリカの脅威となり得る国であり、アメリカの脅威となる得ることによって、世界の平和および安全の脅威となる得る国であると位置付けられている。したがって、そうさせないような対日政策を実施していかなければいけない、というのが基本的認識だろうと思われる。」(『日米戦争は終わっていない』ネスコブックス三二ページ)
一般的には「日本の民主化」と位置付けられる占領政策 ー 「憲法制定」「東京裁判」「検閲」「教育基本法」等は、「日本国が再び米国の脅威」にならないために行われた。として見直すべきことを江藤は主張する。
江藤がアメリカで発見してきた資料には、占領軍が行ってきた検閲の指針が示されている。
「一、SCAP(連合国最高司令官または連合国軍司令部)批判
SCAPに対するいかなる一般的批判、及び以下に特記されていないSCAP指揮下のいかなる部署に対する批判もこの範疇に属する。
ニ、極東国際軍事裁判批判
極東軍事裁判に関する一切の一般的批判、または軍事裁判に関係のある人物もしくは事項に関する特定の批判がこれに相当する。
三、SCAPが憲法を起草したことに対する批判
日本の憲法起草に当たってSCAPが果たした役割についての一切の言及、あるいは憲法起草に当たってSCAPが果たした役割に対する一切の批判。
四、検閲制度への言及
出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する直接間接の言及がこれに相当する。
五、合衆国に対する批判
合衆国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
六、ロシアに対する批判
ロシアに対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
七、英国に対する批判
英国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
八、朝鮮人に対する批判
朝鮮人に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
九、中国に対する批判
中国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
十、他の連合国に対する批判
他の連合国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。(下略)」
「一見して明らかなように、ここで意図されているのが、古来日本人の心にはぐくまれて来た伝統的な価値の体系の、徹底的な組み替えであることはいうまでもない。」と江藤は記す。(『閉ざされた言語空間』二〇三?二十七 ページ)
検閲とウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム
江藤淳の『日米戦争は終わっていない』より
「同盟通信社の二十四時間業務停止命令と、『朝日新聞』の四十八時間発行停止命令から開始された占領軍民間検閲支隊の新聞検閲が制度化されたのは、一九四五年(昭和二十年)十月八日以降ですが、一九四八年(昭和二十三年)七月ニ十五日まで、全国六十種の主要新聞は、事前検閲に付せられ、それ以後は、事後検閲に移行していきました。
この事後検閲が、じつは自己検閲(self-censorship)になっていくのは、理の当然といわなければなりません。なぜなら、事前検閲の場合には、�掲載禁止になるならなれ�といった調子で、思い切った記事や論説を書くことも可能です。もちろん掲載禁止になれば、別の記事に差し換えたり、削除された部分を埋めたりしなければなりません。
戦前の日本の内務省警保局や情報局の検閲は、伏せ字を認めていましたが、アメリカ占領軍当局は、検閲の存在をひた隠しに隠していましたから、伏せ字を許容せず、削除された部分は別の表現で埋めるか、組み替えるかしなければならなかったのですが、いずれにしても、事前検閲が行われているかぎり、にらまれる、にらまれないということを別にすれば、新聞記者や出版社は、そのまま思ったとおりの原稿をCCD(民間検閲支隊)に提出して、だめならだめで諦めるという姿勢を、とろうと思えばとれたのです。
しかし、事後検閲となると、どうでしょう。たとえば本を五千部刷る、とします。そのために相当な資金を投下して、宣伝計画までつくります。そのあげく、本ができました。これから配本しますからといって、事後検閲にもっていった場合、これはあいならぬといわれてしまえば、それまでに出版社と執筆者が努力してきたことが、すべて水泡に帰してしまうことになります。経済的な損失も大きい。
したがって、そのような事態を避けるためには、執筆者は自己検閲をおこなって、すべて一目盛りずつ内輪に書いていかなければならなぬことになり、出版社、新聞社等は、事後検閲に触れそうな執筆者を、最初から忌避するようになっていく。このようにして事後検閲への移行に伴う自己検閲が、あらゆるメディアに浸透し、その結果、日本の言語空間は、ほとんど恒常的に、不思議に閉鎖された構造を獲得するにいたったのです。この言語空間を今日まで制度的に維持してきた支柱の一つが、現行一九四六年憲法であり、もう一つが教育基本法にもとづく戦後の教育制度であることは、いうまでもありません。」(四八?五〇ページ)
「ここでもう一つ、指摘しておかなければならないことは、占領中CCD(民間検閲支隊)による徹底なかつ隠蔽された検閲制度の実施と、その内面化が行われるのと同時に、いわばそれと車の両輪をなすがごとき趣で、CI&E(民間情報教育局)の巧妙きわまる情報宣伝活動があつたという事実です。
たとえば『ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム(War-Guilt Information Program)などはその典型的なものでした。これは、一九四五年(昭和二十年)十二月八日以降新聞各紙に掲載を命じた『太平洋戦争史』(�太平洋戦争�という呼称が用いられたのはこのときがはじめてでした)にはじまり、一九四八年(昭和二十三年)二月、キーナン首席検事の最終論告にいたるまで続けられた宣伝計画で、極東国際軍事裁判を正当化し、日本人に戦争は罪であったと思い込ませようとした執拗きわまる情報宣伝活動です。ラジオ番組『真相はこうだ』なども、その一貫として行われたものでした。
かくのごとく、国語政策、検閲、情報宣伝計画の三位一体の言語空間管理が、東京裁判の判決が行われたころまでには、ほぼ完成していたといっていいでしょう。(中略)
ところで、このような言語空間を、今日にいたるまで持続させて来た要因の一つが教育であることはいうまでもありません。
教育基本法は、一九四七年(昭和二十ニ年)三月三十一日、現行憲法の施行の一カ月前余りにさきだって公布されていますが、このことを見ても、これが憲法の教育条項を補完する意図で制定された法律であることは明らかだと思われます。(中略)
戦後の言語空間を決定した、国語改革、検閲、宣伝の三位一体に加えて、教育の役割を考えてみると、教育には速効性はないけれども、十年、二十年、三十年はおろか、もし教育の体系や制度的な基礎に改変が加えられないかぎりは、ほとんど半永久的に幾世代にわたって影響力を行使することができます。このようにして教育基本法が定められ、それによって占領終了後における閉ざされた言語・情報・思考空間の維持、持続を保証する体制が確立したことになるのです。」(『日米戦争は終わっていない』(七六?七九ページ)
櫻井よしこも、占領政策による教育の恐ろしさを次の様に説く。
「あやまった教育の恐ろしさは、本当の結果は一世代あるいは二世代後になって出てくることだ。現在の日本をみると、GHQが当時目指した、日本を再び米国に立ち向かえないような国にするという目的は、当初の狙いよりも遥かに完璧に達成されたと思う。なぜならば、日本は精神の自立を、半ば以上失いつつあるからだ。心の持ちようひとつで、人間も国家も見事に立ち直っていくことが出来るというのに、なぜか、心を奮い立たせることが出来ないでいるからだ。
自分への信頼を確かなものにすることが出来ないこの心のありようこそ、敗戦直後の米国による厳しい言論統制、日本人再教育の見えない強制によって作り出されたものだ。日本の未来、私たち個々人の未来を考えれば、私たちは占領統治のこの虚構の罠から私たち自身を自由にしなければならない。それには戦後すぐに日本国民にしかけられた罠、つまり、言論統制、検閲、再教育、日本の歴史の否認、伝統文化の虜辱、伝統の破壊、憲法の押しつけなどを認識し、その罠の中に隠されてしまった事実を掘り起こしていくしかない。
いま事実を知ることの日本にとっての死活的な重要性を私たち一人一人が実感し、さらに探っていくことだ。そうしてはじめて、私たちは占領時の米国の、憎むベくも巧みな罠から脱出することができるのだ。
それは新たな日本発見であり、呪縛からの解放である。呪縛の解かれたあとに出現するのは、日本への慈しみと誇りであり、先人たちの足跡へのより深い理解である。また、私たちの未来を切り開く闊達な精神である。日本人らしい新たなアイデンティティの確立である。二一世紀をすばらしい日本を創るために、この呪縛からの解放をこそ、心して始めたいものだ。」(「『真相箱』の呪縛を解く」四四一?四四三ページ)
江藤淳によると、日本占領の目的は文書になって明文化されているという。
昭和二十年八月二十九日にアメリカ統合参謀本部から、マッカーサーに内示され、九月二十二日に「SWNCC一五〇/四/A」として公表された「降伏後における米国の初期対日占領政策」の中の第一部、「究極の目的」に次のようにあるという。
「日本国に関する米国の究極の目的にして初期における政策がしたがうべきもの左のごとし。
(イ)日本国が再び米国の脅威となり、または世界の平和および安全の脅威とならざることを確実にすること」
つまり、
「この国際政治観に照らしてみると、日本はかつて脅威であり、いまは破れはしたけれども、将来とも脅威にならないようにしなければならない相手方として位置付けられている。これが大原則であって、この原則は、当時は民主党政府ですが、共和党に政権が交代しようが、あるいはその後さまざまな世界情勢の変転があろうが、基本的には少しも変わっていない。
だから、逆にいえば、ワシントンから見た日本という国は、潜在的にはつねに再びアメリカの脅威となり得る国であり、アメリカの脅威となる得ることによって、世界の平和および安全の脅威となる得る国であると位置付けられている。したがって、そうさせないような対日政策を実施していかなければいけない、というのが基本的認識だろうと思われる。」(『日米戦争は終わっていない』ネスコブックス三二ページ)
一般的には「日本の民主化」と位置付けられる占領政策 ー 「憲法制定」「東京裁判」「検閲」「教育基本法」等は、「日本国が再び米国の脅威」にならないために行われた。として見直すべきことを江藤は主張する。
江藤がアメリカで発見してきた資料には、占領軍が行ってきた検閲の指針が示されている。
「一、SCAP(連合国最高司令官または連合国軍司令部)批判
SCAPに対するいかなる一般的批判、及び以下に特記されていないSCAP指揮下のいかなる部署に対する批判もこの範疇に属する。
ニ、極東国際軍事裁判批判
極東軍事裁判に関する一切の一般的批判、または軍事裁判に関係のある人物もしくは事項に関する特定の批判がこれに相当する。
三、SCAPが憲法を起草したことに対する批判
日本の憲法起草に当たってSCAPが果たした役割についての一切の言及、あるいは憲法起草に当たってSCAPが果たした役割に対する一切の批判。
四、検閲制度への言及
出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する直接間接の言及がこれに相当する。
五、合衆国に対する批判
合衆国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
六、ロシアに対する批判
ロシアに対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
七、英国に対する批判
英国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
八、朝鮮人に対する批判
朝鮮人に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
九、中国に対する批判
中国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
十、他の連合国に対する批判
他の連合国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。(下略)」
「一見して明らかなように、ここで意図されているのが、古来日本人の心にはぐくまれて来た伝統的な価値の体系の、徹底的な組み替えであることはいうまでもない。」と江藤は記す。(『閉ざされた言語空間』二〇三?二十七 ページ)
検閲とウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム
江藤淳の『日米戦争は終わっていない』より
「同盟通信社の二十四時間業務停止命令と、『朝日新聞』の四十八時間発行停止命令から開始された占領軍民間検閲支隊の新聞検閲が制度化されたのは、一九四五年(昭和二十年)十月八日以降ですが、一九四八年(昭和二十三年)七月ニ十五日まで、全国六十種の主要新聞は、事前検閲に付せられ、それ以後は、事後検閲に移行していきました。
この事後検閲が、じつは自己検閲(self-censorship)になっていくのは、理の当然といわなければなりません。なぜなら、事前検閲の場合には、�掲載禁止になるならなれ�といった調子で、思い切った記事や論説を書くことも可能です。もちろん掲載禁止になれば、別の記事に差し換えたり、削除された部分を埋めたりしなければなりません。
戦前の日本の内務省警保局や情報局の検閲は、伏せ字を認めていましたが、アメリカ占領軍当局は、検閲の存在をひた隠しに隠していましたから、伏せ字を許容せず、削除された部分は別の表現で埋めるか、組み替えるかしなければならなかったのですが、いずれにしても、事前検閲が行われているかぎり、にらまれる、にらまれないということを別にすれば、新聞記者や出版社は、そのまま思ったとおりの原稿をCCD(民間検閲支隊)に提出して、だめならだめで諦めるという姿勢を、とろうと思えばとれたのです。
しかし、事後検閲となると、どうでしょう。たとえば本を五千部刷る、とします。そのために相当な資金を投下して、宣伝計画までつくります。そのあげく、本ができました。これから配本しますからといって、事後検閲にもっていった場合、これはあいならぬといわれてしまえば、それまでに出版社と執筆者が努力してきたことが、すべて水泡に帰してしまうことになります。経済的な損失も大きい。
したがって、そのような事態を避けるためには、執筆者は自己検閲をおこなって、すべて一目盛りずつ内輪に書いていかなければならなぬことになり、出版社、新聞社等は、事後検閲に触れそうな執筆者を、最初から忌避するようになっていく。このようにして事後検閲への移行に伴う自己検閲が、あらゆるメディアに浸透し、その結果、日本の言語空間は、ほとんど恒常的に、不思議に閉鎖された構造を獲得するにいたったのです。この言語空間を今日まで制度的に維持してきた支柱の一つが、現行一九四六年憲法であり、もう一つが教育基本法にもとづく戦後の教育制度であることは、いうまでもありません。」(四八?五〇ページ)
「ここでもう一つ、指摘しておかなければならないことは、占領中CCD(民間検閲支隊)による徹底なかつ隠蔽された検閲制度の実施と、その内面化が行われるのと同時に、いわばそれと車の両輪をなすがごとき趣で、CI&E(民間情報教育局)の巧妙きわまる情報宣伝活動があつたという事実です。
たとえば『ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム(War-Guilt Information Program)などはその典型的なものでした。これは、一九四五年(昭和二十年)十二月八日以降新聞各紙に掲載を命じた『太平洋戦争史』(�太平洋戦争�という呼称が用いられたのはこのときがはじめてでした)にはじまり、一九四八年(昭和二十三年)二月、キーナン首席検事の最終論告にいたるまで続けられた宣伝計画で、極東国際軍事裁判を正当化し、日本人に戦争は罪であったと思い込ませようとした執拗きわまる情報宣伝活動です。ラジオ番組『真相はこうだ』なども、その一貫として行われたものでした。
かくのごとく、国語政策、検閲、情報宣伝計画の三位一体の言語空間管理が、東京裁判の判決が行われたころまでには、ほぼ完成していたといっていいでしょう。(中略)
ところで、このような言語空間を、今日にいたるまで持続させて来た要因の一つが教育であることはいうまでもありません。
教育基本法は、一九四七年(昭和二十ニ年)三月三十一日、現行憲法の施行の一カ月前余りにさきだって公布されていますが、このことを見ても、これが憲法の教育条項を補完する意図で制定された法律であることは明らかだと思われます。(中略)
戦後の言語空間を決定した、国語改革、検閲、宣伝の三位一体に加えて、教育の役割を考えてみると、教育には速効性はないけれども、十年、二十年、三十年はおろか、もし教育の体系や制度的な基礎に改変が加えられないかぎりは、ほとんど半永久的に幾世代にわたって影響力を行使することができます。このようにして教育基本法が定められ、それによって占領終了後における閉ざされた言語・情報・思考空間の維持、持続を保証する体制が確立したことになるのです。」(『日米戦争は終わっていない』(七六?七九ページ)
櫻井よしこも、占領政策による教育の恐ろしさを次の様に説く。
「あやまった教育の恐ろしさは、本当の結果は一世代あるいは二世代後になって出てくることだ。現在の日本をみると、GHQが当時目指した、日本を再び米国に立ち向かえないような国にするという目的は、当初の狙いよりも遥かに完璧に達成されたと思う。なぜならば、日本は精神の自立を、半ば以上失いつつあるからだ。心の持ちようひとつで、人間も国家も見事に立ち直っていくことが出来るというのに、なぜか、心を奮い立たせることが出来ないでいるからだ。
自分への信頼を確かなものにすることが出来ないこの心のありようこそ、敗戦直後の米国による厳しい言論統制、日本人再教育の見えない強制によって作り出されたものだ。日本の未来、私たち個々人の未来を考えれば、私たちは占領統治のこの虚構の罠から私たち自身を自由にしなければならない。それには戦後すぐに日本国民にしかけられた罠、つまり、言論統制、検閲、再教育、日本の歴史の否認、伝統文化の虜辱、伝統の破壊、憲法の押しつけなどを認識し、その罠の中に隠されてしまった事実を掘り起こしていくしかない。
いま事実を知ることの日本にとっての死活的な重要性を私たち一人一人が実感し、さらに探っていくことだ。そうしてはじめて、私たちは占領時の米国の、憎むベくも巧みな罠から脱出することができるのだ。
それは新たな日本発見であり、呪縛からの解放である。呪縛の解かれたあとに出現するのは、日本への慈しみと誇りであり、先人たちの足跡へのより深い理解である。また、私たちの未来を切り開く闊達な精神である。日本人らしい新たなアイデンティティの確立である。二一世紀をすばらしい日本を創るために、この呪縛からの解放をこそ、心して始めたいものだ。」(「『真相箱』の呪縛を解く」四四一?四四三ページ)