ただ今 午前5時半すぎ 帰宅しました
昨夕方姉と1時間に及び話し合い。
私が恐る恐る考えを述べ、
姉は静かに繰り返し繰り返し
「それ前聞いたよ、うん、それも前聞いたよ」
「人に病名をつけるのはそもそも間違ってるよ」
「人を変えようなどと思うのが間違ってる」
「母は憔悴しきっている。それが一番心配。」
「私はどうにも答えられない」
「わからない」
「わからない」
「わからない」
と、、、、
結局私の考えを言っただけになった。
けれども、考えと、現状と、悲しみを伝えられたことだけでも
とても身軽になった気がする
その後車をぶっとばして母との待ち合わせ場所へ、15分遅刻して着いた。
一緒に美味なる食事をした。私が夫の両親たちと食事をしたお店で。
母は驚くほど静かに食事をした。
私を観察するように。
自分の気持ちを押し殺すように。
母はあの年老いて弱った小さな心をキリキリと痛めながら食事をしていたのだろう。
私は終始笑顔で
「お母さんと食事ができるのは本当に楽しい」
と言いながら、バカ話をたくさんしながら、明るく振舞っていたけれど、
どこかよそよそしさを隠しきれてなかったに違いない。
でも正直に言って楽しかった。
母のこと、とてもとても愛おしかった。
穏やかに過ごしている母を見ると、、、切なかった。
それから私は母を助手席に乗せて「近くの駅に送る」と言いながらも
高速にのった。母を自宅まで送るつもりだった。
母は「うちに送るのはやめて。○○さん(義母)の家と比べられるから嫌なんよ。」
と、困っていた。
私が母の家を訪ねるのは、実はもう10年以上ぶりだった。
この数字を改めて思うと、これほどまでに母を疎んでいたのかと、私は自分に驚いた。
疎んでいた。
母は孤独だった。
母は壊れた。
当たり前のことだ。
母の香りがする、母の空間。懐かしい。
質素だけれど、何もかもピカピカに整えられている。
玄関、三和土には砂粒ひとつない まるでテーブルの上の様
コンロ、電気店の売り物か とても20年毎日使っているとは思えない
トイレ、手洗い、、、バラの香りが漂い、水垢ひとつ、曇りひとつない
食器、本、小物
全てが美しいバランスで整えられている、そこは母のお城だった。
前よりもずっと広く感じる。
きちんと真面目に美しく暮らしている現実がある。
初めて母の価値観を認められた気がする。
私が間違っていた。
あのころは母の貧しい部分にばかり目が向いていた。
貧しいけれど、これほどまでに美しく倹しく生きている人がいるだろうか。
私とは大違いの人間だ。正反対。何もかも。
母のお城で、母は生き生きと動き始めた
精一杯の器でどぎまぎしながら紅茶を淹れてくれた
昔私があげた母の家のたった一つのワイングラスにスペシャルドリンクを注いでくれた
椅子がひとつしかないので、私が座った
母はベッドに座っていたが、落ち着かないのか、立ったまましゃべっている
何度か座るように促したが、気づくと立ち上がってお茶を入れなおしたりしながら立っている
とてもとても繊細な人なのだ
とてもとても優しい人なのだ
なぜ私はこの人とお茶を飲んでこなかったのだろう、一度も。
母の訴えが、彼女のむせび泣く心が、痛いほど突き刺さった。
私たちは楽しく兄の話をした
姉の話も少しした。もちろん今日会ってきたことは内緒にして。
楽しかった。
私は何も変わっていない。甘えん坊の末っ子のまんまだった。
母を傷つけてきたのは父だけではないと、分かってしまった。
こんな素敵な母を、私はずっとずっと周りに隠そうとしてきたのだ。
存在を認めようとしてこなかった。
私が悪いのだ。
本当に、何の洗脳も無く、私はそれに気づいてしまった。
ブログを初めてたったの2,3日。
自分の浅はかさが、今はとても恥ずかしい。
母は、病気ではない。
私が、病気だったのだ。
明日を待とう。
もう、大丈夫。
揺れることはあるかもしれないけれど、
私は確実に何か大切なものを手に入れた。
解決は近い。
今はとにかくそう安堵し、確信している。