ウディ・アレン監督が仕掛けた映画の魔法。
華やかな映画祭の裏で恋が踊る、至福のロマンティック・コメディ。
映画「サン・セバスチャンへ、ようこそ」
かつてニューヨークの大学で映画を教えていた、モート・リフキン。
今は人生初の小説の執筆に取り組んでいる、売れない作家。
広報担当である妻スーに同行し、サン・セバスチャン映画祭に参加。
舞台はスペイン北部、情熱と美食の街で開かれる華やかな映画祭。
老いも若きも入り乱れた男女が繰り広げる、ドタバタ恋愛コメディ。
良くも悪くもいつものウディ・アレン節、安定のらしさが炸裂。
スーはフランス人監督フィリップに心酔し、べったりの状態。
浮気していると疑念が晴れないモートは、ストレスに苛まれる。
そこで診療所に赴くが、人柄も容姿も魅力的な医師ジョーと出会う。
若く美しいジョーの元へ、通いたくなるご老人の気持ちも分かる。
毎度ながら、ロートはウディ・アレンの化身であることは明らか。
いつまでも恋心を失わない、活力が漲る元気な姿に微笑ましく思う。
かつてニューヨークにいたというジョーと、映画の話で盛り上がる。
だがジョーは、浮気癖のある芸術家の夫との結婚生活に悩んでいた。
ジョーに惹かれていくモートは、互いの現状を変えたいと願うが。
昼夜を問わず、摩訶不思議なモノクロームの夢を垣間見るように。
ロートが見る妄想や夢の世界はモノクロに変化し、分かりやすい。
様々な往年の名画の世界に入り込み、監督の映画愛を感じさせる。
商業映画を嫌い、今の映画業界や未来を憂いているようであり。
ハリウッドを追われ、ヨーロッパに拠点を移した現状を彷彿させる。
モートは映画の世界の中に、自身の人生の意味を探し求める。
スーとの関係を見つめ直し、妄想と現実の狭間を迷走していく。
小心者で心配性、一人悶々とするモートの可笑しな人生問答。
古い日本映画を語るなど、映画オタクぶりが分かって面白い。
そんなスノッブぶりを逆にバカにされたりと、皮肉に満ちている。
自意識過剰なこじらせた老人像は、痛々しくて滑稽ではあるが。
不思議と悲壮感はなく、お茶目で可愛らしくて明るく楽しい。
映画祭が終わりに近づいた頃、疑いが確信に変わるまさかの告白。
現実を突きつけられたモートの、達観したような反応が愉快。
何を失おうとも、それでも人生は続いていく皮肉を感じさせる。
人生の可笑しみが詰まっていて、安心、安定のらしさを感じる。
ラストで登場した大物俳優に、エールを贈られるのも可笑しい。
自身を鼓舞しながら、儚く美しい人生模様を描いた作品だった。