どうもどうも、こんばんは。“どうでしょう”でございますけれど、、
と、まぁ以上のことが書かれているんですが、大学の授業などでは両者ともに②の方に重点が置かれています。
今回はこれから取り扱う〈教養〉というものがそもそも何なのかについて触れていきたいと思います。
このブログにおける定義と言ってもいいかもしれません。
では、まず辞書的な意味から確認していきましょう。
【教養】
[名]
① 教え育てること。
②Ⅰ:学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。また、その手段としての学問・芸術・宗教などの精神活動。
Ⅱ:社会生活を営む上で必要な文化に関する広い知識。
(参考)
『goo辞書』
とのこと。
要するに教養とは〈知識〉のことを指すといっても差し支えないでしょう。キャベツとレタスを見分けられることだって立派に教養と呼べますし、米中関係や今後の北朝鮮の動き、EUとイギリス、中東情勢などなど例を挙げ出したらキリがありません。
さらにこれに対して〈学問〉についても触れておきましょう。
【学問】
[名]
① 学び習うこと。学校へ通ったり、先生についたり、本を読んだりして、新しい知識を学習すること。また、身につけた知識。
② 理論に基づいて体系づけられた知識と研究方法の総称。
(参考)
『goo辞書』
と、まぁ以上のことが書かれているんですが、大学の授業などでは両者ともに②の方に重点が置かれています。
そう、つまり〈教養〉とは
様々な知識を蓄えることであり、そこから理論的に個々の知識を関連付け理解していき、その分野を深く掘り下げていくこと(=学問)
と、ここでは定義しておきましょう。
※図2
ここで、何故それが大学受験において必要なのか、それは大学が学問をする場だからです。
大学受験で必要とされる人のは物事に対する理解力が高い人であり、それはすなわち教養のある人のことです。(知識は後からいくらでも付け足すことができます。0でなければいいのです。)
もちろん、だからといってありとあらゆる物事を知っている必要はありません。そもそもそんなこと誰であっても不可能です。
与えられた情報を素早く読み解ける、理解できる能力(=教養)、つまり〈受験勉強〉とはそういった力を養う鍛錬であって、それさえできれば十分乗り越えられる程度にテストは設定されています。(各大学のレベルごとに…)
こうして得た教養は〈知識〉の減少(アップデートを怠るなど)はあれど〈理解力〉の低下はそう急激なものではありません。日々の生活がよっぽど情けないものでない限り、それは一生の宝となるでしょう。
当然、社会に出てからも必要な場面は絶えず登場します。大学受験とはそんなかけがえのない試練なのです(笑)
このブログでは次回から※図2における〈知識〉の部分に些細ながらも効果的なプラスを与えられるようにある程度的を絞った〈教養〉をつらつらと書き連ねていきます。ぜひ息抜き程度に参考にしていただけたら幸いです。
受験生の皆さん!このような状況の中本当に今までお疲れ様でした!あとはもう力を出し切るのみ!あともう一踏ん張り頑張ってください!心より応援しております!

