ちょっと真面目なアレルギーのおはなし | ❤︎ちゃみらいふ❤︎マルチアレルギー娘とのHAPPY LIFE❤︎

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卵,小麦,乳,大豆,甲殻類,ナッツ類,ごま,バナナ,ラテックス,犬…etc
マルチアレルギーの娘と過ごす
貴重な育児らいふ♡
全解除を目指して一歩ずつ頑張ります。

そろそろ始まるであろう負荷試験の事や(いい加減、日程決めに受診しないとー‼︎汗)、来年度からの幼稚園入園に向けての幼稚園探し、通わせたい幼稚園・小学校を踏まえての家探し(ぼちぼちマンションほしいなぁ~とね!まだ漠然と地域絞りの段階^^;)



《アレルギー》について考える事が多いこの頃。



これまで、なるべく考えない様にしていた数年先の事 に向き合い、決意改めている今日この頃。



最近はあまり、アレルギーの事をガッツリ書く事なかったけど(あえて…って訳ではないんだけど、何となく、ね…)今日は久しぶりに書こうと思います。



自分がアレルギーであること、アレルギーが沢山あること、を理解しているチェリー。



我が家では、アレルギーであること、みんなと同じものを全然食べられないことを《食べられなくて可哀相》という風にはしていません。



アレルギーだと分かってからしばらくの間までは『アレルギーにしてしまってごめん、うちの子に生まれたばっかりに、私が無知だったばっかりに、アレルギーという運命を背負わせてしまってごめん』といつも思っていました。



今も心の奥の奥の方には、その気持ちはあります。


でも今は『アレルギーでごめんね』て気持ちでチェリーに接することはありません。




チェリーは、自分が食べたことないものを、食べてみたいと言った事は一度もなくて、大人が食べているもの、同じ年齢のお友達が食べているものを欲しがることもない。



《自分が食べるものと人が食べるものは違う》と、当たり前の様に思っている様です。



…というより、みんな一人一人それぞれが、食べられるものと食べられないものがあって、それぞれが食べられる物を食べている…と思っている様な…?



ドンちゃんも食べられないものがあるって知ってるし(人間の食べ物)、私がソバアレルギーでソバ食べられないのも知ってるし(アレルギー、一緒だね~って嬉しそうだったw)



チェリーはアレルギーだからこれは食べられない。
まだ子供だから食べられない。
ドンちゃんは犬だからこれは食べられない。



ずっとチェリーと大人は完全別メニューで、お皿も決まったお皿しか使わない、大人の料理から取り分ける事もしない事で、


物心つく前から《何でもは食べられない・決められたもの与えられたものだけを食べる》って事が、日々の生活で自然と刷り込まれてきたんだと思います。




私たちも常日頃、当然の様に『これはママ達のね!チェリーちゃんはアレルギーやけ食べれんのよ!アレルギーが治ったら食べようね!』て堂々と言います。



『食べさせてあげられんでごめんね…』てスタンスではなく『仕方ないよ!アレルギーなんやけ!』て、普通に言います。



チェリーも当たり前の様に『うん!もっとお姉ちゃんになって、アレルギーが治ったら食べれるもんね!今はアレルギーだから、◯◯ちゃん食べれない!』と言います。(ドヤ顔で得意げに言う)



その健気な発言に、胸が痛むことも正直あるけど、でも私達は絶対に『可哀相』『ごめんね』とは言わないし、雰囲気も出さないです。



というより、今はもう、そんな風にも思わなくなりました。(前向き男の旦那は、最初から微塵も思った事ないらしいけどね)




だって別にチェリーは、《アレルギーっ子》なだけで、《可哀相な子》ではないから。




『別にいいんよ!こんなの食べられんでも、他の美味しいもの食べられるけいいもんね!^^』て言ってます。



だから自然とチェリーも、自分でその様に思っているし、食べられない事を『悲しい』と思った事はないんじゃないかなぁー?



チェリーの心の本当のところは、私たちには分からない事だけど、食べられない事は、チェリーにとっては『悲しい事』ではなくて『それが当たり前の事』という認識なのだと思います。



私達がそういう風に言っているから、今はそう思っているのだと思います。




これから先、幼稚園や小学校に通い始めて、私達家族だけの狭い世界から、沢山の人達との広い世界に入った時、チェリーの心がどう変化するかは分からないけど。



でも、みんなと同じではいられない現実を、本当の意味で理解して、その現実にぶつかってしまった時に、『アレルギーである自分は可哀相』と思うのではなく、


『アレルギーがたくさんあって大変ではあるけれど、悲しい事も時にはあるけれど、アレルギーがあっても、それ以上にたくさんの幸せがある。自分はとっても幸せ者』なのだと思える心を持たせてあげたい。



そんな風に思える心を持てる様に導いてあげる事
ごめんねと詫びるのではなく、可哀相と嘆くのではなく、チェリーの幸せのアンテナを広くしてあげる事が、私たち親の役目だと、夫婦で決めています。



夫婦で決めた…というか、、、



いつもの事ながら、いつ何時、何があってもどんな時も、常に前しか見ていない、前向きすぎてたまにイラっとするぐらい前向きな旦那に、昔言われた言葉やけど。(本当に常に前向きすぎて、弱音や愚痴も受付けてくれんけ、たまにイッラーくる事も)




価値観は人それぞれだから、自分勝手な解釈と思う人もおるやろうけど、これが我が家での私たちの幸せの在り方です。



何が起ころうと、周りが何と言おうと、自分達が幸せと思えたら、それはもう、とってもとってもハッピーな人生だしね。



それに、アレルギーたくさんあるけど(ありすぎやけど)だから何?いいやん!毎日元気に走れるやん。お腹いっぱいご飯食べれるやん。


て思います。



アレルギーは命の危険に関わる可能性もあるから、アレルギーでもいいなんて風には到底思えない。



アレルギーなんて、一つもない方がいいに決まってる。



でも、万が一の時に、命が危険に晒されないところまでいけたらいい。



贅沢は望まないから、それだけ叶えばいい。



あとは、毎日元気に笑って生きていられたら、そんな幸せな事はないと思います。





でもこれは私の価値観で、チェリーが同じ様に思うかは分からない。



でもいつもチェリーに言います。



アレルギーはたくさんあるけど、チェリーは、あったかい布団で寝れて、ご飯もオヤツもモリモリ食べて、いっぱい笑って、パパもいてママもいて、ばあばもいて、ドンちゃんもいて、いっぱい愛されて、それって物凄ーく幸せな事なんだよ。チェリーは幸せな子なんだよ。だから感謝せないけんのよ!て。



走りたくても走れない子や、食べたくても食べられない子や、パパやママといられない子、あったかい布団で寝れない子、大きな病を抱えている子、たくさんいる中で、何て贅沢で幸せな子だろうと思うのです。



だから私も、アレルギー育児は大変だけど、だからといって、みんなより自分の方が大変と思った事は一度もないです。



みんなより頑張ってるなんて思った事はないです。



みんな何かしら大変。
みんな何かを頑張ってる。



チェリーも、自分が背負っているハンディを、何かのプラスに変えて生きていける子になってほしい。というか、してあげる!



それが、私がアレルギーを背負わせてしまったチェリーにできる、せめてもの密かな償いです。









…て、なっがながと、真面目かっ‼︎笑




真面目かっ‼︎ニヤニヤ2回言いたくなったw





今日もチェリーは、いっぱい遊んで、いっぱい笑ったり怒ったり泣いたり、忙しく幸せに生きています
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あ、いい加減、一緒に遊ぼうってお呼びがかかった