《アレルギー》について考える事が多いこの頃。
これまで、なるべく考えない様にしていた数年先の事 に向き合い、決意改めている今日この頃。
最近はあまり、アレルギーの事をガッツリ書く事なかったけど(あえて…って訳ではないんだけど、何となく、ね…)今日は久しぶりに書こうと思います。
自分がアレルギーであること、アレルギーが沢山あること、を理解しているチェリー。
我が家では、アレルギーであること、みんなと同じものを全然食べられないことを《食べられなくて可哀相》という風にはしていません。
アレルギーだと分かってからしばらくの間までは『アレルギーにしてしまってごめん、うちの子に生まれたばっかりに、私が無知だったばっかりに、アレルギーという運命を背負わせてしまってごめん』といつも思っていました。
今も心の奥の奥の方には、その気持ちはあります。
でも今は『アレルギーでごめんね』て気持ちでチェリーに接することはありません。
チェリーは、自分が食べたことないものを、食べてみたいと言った事は一度もなくて、大人が食べているもの、同じ年齢のお友達が食べているものを欲しがることもない。
《自分が食べるものと人が食べるものは違う》と、当たり前の様に思っている様です。
…というより、みんな一人一人それぞれが、食べられるものと食べられないものがあって、それぞれが食べられる物を食べている…と思っている様な…?
ドンちゃんも食べられないものがあるって知ってるし(人間の食べ物)、私がソバアレルギーでソバ食べられないのも知ってるし(アレルギー、一緒だね~って嬉しそうだったw)。
チェリーはアレルギーだからこれは食べられない。
まだ子供だから食べられない。
ドンちゃんは犬だからこれは食べられない。
ずっとチェリーと大人は完全別メニューで、お皿も決まったお皿しか使わない、大人の料理から取り分ける事もしない事で、
物心つく前から《何でもは食べられない・決められたもの与えられたものだけを食べる》って事が、日々の生活で自然と刷り込まれてきたんだと思います。
私たちも常日頃、当然の様に『これはママ達のね!チェリーちゃんはアレルギーやけ食べれんのよ!アレルギーが治ったら食べようね!』て堂々と言います。
『食べさせてあげられんでごめんね…』てスタンスではなく『仕方ないよ!アレルギーなんやけ!』て、普通に言います。
チェリーも当たり前の様に『うん!もっとお姉ちゃんになって、アレルギーが治ったら食べれるもんね!今はアレルギーだから、◯◯ちゃん食べれない!』と言います。(ドヤ顔で得意げに言う
)
)その健気な発言に、胸が痛むことも正直あるけど、でも私達は絶対に『可哀相』『ごめんね』とは言わないし、雰囲気も出さないです。
というより、今はもう、そんな風にも思わなくなりました。(前向き男の旦那は、最初から微塵も思った事ないらしいけどね
)
)だって別にチェリーは、《アレルギーっ子》なだけで、《可哀相な子》ではないから。
『別にいいんよ!こんなの食べられんでも、他の美味しいもの食べられるけいいもんね!^^』て言ってます。
だから自然とチェリーも、自分でその様に思っているし、食べられない事を『悲しい』と思った事はないんじゃないかなぁー?
チェリーの心の本当のところは、私たちには分からない事だけど、食べられない事は、チェリーにとっては『悲しい事』ではなくて『それが当たり前の事』という認識なのだと思います。
私達がそういう風に言っているから、今はそう思っているのだと思います。
これから先、幼稚園や小学校に通い始めて、私達家族だけの狭い世界から、沢山の人達との広い世界に入った時、チェリーの心がどう変化するかは分からないけど。
でも、みんなと同じではいられない現実を、本当の意味で理解して、その現実にぶつかってしまった時に、『アレルギーである自分は可哀相』と思うのではなく、
『アレルギーがたくさんあって大変ではあるけれど、悲しい事も時にはあるけれど、アレルギーがあっても、それ以上にたくさんの幸せがある。自分はとっても幸せ者』なのだと思える心を持たせてあげたい。
そんな風に思える心を持てる様に導いてあげる事
ごめんねと詫びるのではなく、可哀相と嘆くのではなく、チェリーの幸せのアンテナを広くしてあげる事が、私たち親の役目だと、夫婦で決めています。
夫婦で決めた…というか、、、
いつもの事ながら、いつ何時、何があってもどんな時も、常に前しか見ていない、前向きすぎてたまにイラっとするぐらい前向きな旦那に、昔言われた言葉やけど。(本当に常に前向きすぎて、弱音や愚痴も受付けてくれんけ、たまにイッラーくる事も
)
)価値観は人それぞれだから、自分勝手な解釈と思う人もおるやろうけど、これが我が家での私たちの幸せの在り方です。
何が起ころうと、周りが何と言おうと、自分達が幸せと思えたら、それはもう、とってもとってもハッピーな人生だしね。
それに、アレルギーたくさんあるけど(ありすぎやけど
)だから何?いいやん!毎日元気に走れるやん。お腹いっぱいご飯食べれるやん。
)だから何?いいやん!毎日元気に走れるやん。お腹いっぱいご飯食べれるやん。て思います。
アレルギーは命の危険に関わる可能性もあるから、アレルギーでもいいなんて風には到底思えない。
アレルギーなんて、一つもない方がいいに決まってる。
でも、万が一の時に、命が危険に晒されないところまでいけたらいい。
贅沢は望まないから、それだけ叶えばいい。
あとは、毎日元気に笑って生きていられたら、そんな幸せな事はないと思います。
でもこれは私の価値観で、チェリーが同じ様に思うかは分からない。
でもいつもチェリーに言います。
アレルギーはたくさんあるけど、チェリーは、あったかい布団で寝れて、ご飯もオヤツもモリモリ食べて、いっぱい笑って、パパもいてママもいて、ばあばもいて、ドンちゃんもいて、いっぱい愛されて、それって物凄ーく幸せな事なんだよ。チェリーは幸せな子なんだよ。だから感謝せないけんのよ!て。
走りたくても走れない子や、食べたくても食べられない子や、パパやママといられない子、あったかい布団で寝れない子、大きな病を抱えている子、たくさんいる中で、何て贅沢で幸せな子だろうと思うのです。
だから私も、アレルギー育児は大変だけど、だからといって、みんなより自分の方が大変と思った事は一度もないです。
みんなより頑張ってるなんて思った事はないです。
みんな何かしら大変。
みんな何かを頑張ってる。
チェリーも、自分が背負っているハンディを、何かのプラスに変えて生きていける子になってほしい。というか、してあげる!
それが、私がアレルギーを背負わせてしまったチェリーにできる、せめてもの密かな償いです。
…て、なっがながと、真面目かっ‼︎笑
真面目かっ‼︎
2回言いたくなったw
今日もチェリーは、いっぱい遊んで、いっぱい笑ったり怒ったり泣いたり、忙しく幸せに生きています



