お宿は玲子さんが手配してくれたのですが
玲子さんもまさか!?な一軒家。
で、夢を見たんです。
その夢で繋がりました。
わたしは夢の中である人に問いかけられて
こんなことを言ってたんです。
これまでの自分は「ただある」ってことが苦手だったこと。
だから、向上すること、拡大することばかり求めていたこと。
でも、どこまで行っても、安心は手に入らず、不安はずっと続いていたこと。
今はただ「あるがまま」でいることを心がけていること。
そして、
自分的にはここが一番響いたのですが
「でもね、わたしは「あげまん道」であそこまでなったことを、とても誇っているよ」
と言いながら、夢の中で涙ぐんでいたこと。
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なぜ、ここが一番響いたかというと
わたしはどこかで「あげまん道」のちゃみを否定していたんですよ。
うすうす気づいていたけど、それって苦しかった。
だから次男の出来事があったときも、まっさきにここの後悔が出てきたし
頭ではそれは違うってわかっていても
脚光を浴びた時期は得たものも大きいけど、失ったものも大きすぎて
そこの傷が全然癒えてなかったのですよ。
それで、わたしはもう
「自分のことは使わないでください」って天に投げていたし
自分の中から「あげまん道」を排除しようとしたし
でも、当たり前のごとく、自分の一部を否定することは、苦しい。
次男のことがあって、打算的な生き方はやめようと思って
自分の身辺整理をしていくなかで
わたしはどこかで
「排除したら、いいんでしょ?捨てたらいいんでしょ?」という打算があることに気づいていました。
それ、違うなぁと最近思っていたんです。
そんな自分が
涙ぐみながら、
「過去の自分も誇ってるよ」と夢で言ってたのが
わたしの中で嬉しくて。
リアル世界ではまだ言い切る機会をもってないけど
わたしは明らかに夢の世界では言い切っていて。
そして、そこで夢から覚めて、朝の4時くらいでした。
夢うつつの時間って
いつもいろいろ「わかる」んですけど
昨日からの流れの欠片たちが、全部つながったんですね。
・天にわたしを使ってくださいとの祈り
・わたしは「可美」という名前である
・でも怖い
・小学校3~4年生の自分に戻った
夢うつつの中、思い出したことがあるんです。
たぶん、もう、7~8年前のことです。
当時仲良くしていた友人が、音霊(おとだま)の勉強を始めて
わたしの名前の音を読んでくれたことがあったんです。
そのとき、「かみ」と「ちゃみ」を読んでくれたんです。
当時すでに「ちゃみぱん」のちゃみさんでした。
で、もう、「ちゃみ」のほうは思い出せないのだけど、なんか「活動名」にぴったりねって感じのことを言われました。
表向きなエネルギーが「ちゃ」にはあったんです。
で、本名の「かみ」の「か」には
「隠れる」って意味があったことを、はっと思い出しました。
だって、「神さま」ってお隠れになってる。
あと「おかみさん」って表には出ないけど、隠れて重要な働きをしている存在。
この例をふたつ示しながら、その友人は「か」の意味を教えてくれたんです。
これを思いだして
わーーーーーーーーーーーーっとわたしの中に安堵が生まれました。
「そっか~、わたし、表にでなくていいんだ。」
「かみを生きるってことは、大それたことをまたしなくちゃいけないと思って怖かったけど、本来の自分の名前を生きるということは、隠れてする使命なんだ」
と、繋がったんです。
そっか。
わたしは「ちゃみ」と名乗っていた時間、表に出続けることになってたんだ。
目立ってしまってたんだ。
そしてこの旅は
わたしは本来の自分「かみ」に戻ったことを、気づく旅だったんだ。
だから、小学校3~4年生の自分が浮かんだりしたんだ。
だから、「かみ」として天に使っていただければ、もう怖いこともないんだ。
そんな気づきがすっこーーんとありました。
昨日感じたメッセージのすべてが繋がったんです。
そして、わたしは
「ちゃみ」として表に出ていた時期すら
もう包み込めたんですよ。
泣けます。
泣けます。
この気づきに包まれて
また眠りにつきました。
安心安全に眠れました。