その1 こちら
その2 こちら
その3 こちら

お母さんの人生を振り返ったり、お宮分けについて書いてきました。


そんな「女として幸せじゃなかった」母から、いろいろもらっている価値観が
わたしたちの中にしっかり根付いています。


その上、時代的にもそうだったのが
1960年代から世界中で広がった「ウーマンリブ運動」だったり
1980年代にできた「男女雇用機会均等法」だったり。


奥においやられてしまっていた女の権利を主張していく動きなんですよね。


これは、当時はとても素晴らしい動きであったと思います。


あまりにも性差があったことで、いわゆる「サヌキ女」さんが生きづらかった時代だったと思うから。


だけど、この動きとシンクロして、女性としての幸せを感じられずに生きていた母たちからのメッセージ


わたしたちは、あまりにも一気に「サヌキ」に傾きすぎたんだと思います。



わたしね、難しいことはわからないけど
普通におかしいなって思うことは

同じ役割をするのなら、男と女という二つの性は要らないんじゃないかな?ってこと。


それにサヌキとアワを学んで思ったことだけど、「男」とか「女」というたったふたつのカテゴリーで性は語れなくて
誰もが固有の性質を持っている。

つまりは、サヌキとアワの含有量が違うし
どういう状況でサヌキがちになるのか?アワがちになるのか?みんな違うから。

サヌキ男
アワ男
サヌキ女
アワ女

少なくとも4相あり、その中でもグラデーション。



だけど、生まれ持った体の性質っていうのはある。

凹んでいる体をもつ女
突き出した凸体をもつ男


やはり、どう転んでも、男として生まれている限りはサヌキの含有量が多くて
女の体で生まれているなら、アワの含有量が多いっていうカタカムナの論理はとても納得がいくのです。



話を戻すと

アワがたっぷりある女であるわたしたちが
時代の流れや、母からのメッセージにより、ものすごいサヌキよりで生きてきたってことは言えると思います。



わたしがこれまでに聞いたことのあるデータでいうと

1970年代から、流産率が激増していること。
不妊率もあがっていること。
子宮疾患の激増。
結婚する年齢が上がっていること。
初産の年齢が上がっていること。

ちょっとおもしろいところで言うと
アメリカの精神科医が調べた結果によると、フェミニズムの考えをもつ女性に不感症が多いこと。
(これについては、また性感帯についてのところで触れると思います)


それと同時に、女性の大学への進学率や、男性と同じように事務職でなく専門職への就職率が上がっています。


女性の社会進出と
その裏で、女性が女性器あたりを大切にしなくなったこと。


こじつけすぎに思う方もいるかもしれませんが、これが陰と陽だと思います。


女という存在が全体的に奥に追いやられすぎていた時代(サヌキ女はつらかった)

振り子が振れて、女という存在が男なみに社会に進出した時代(アワ女はつらかった)

その影でもちろん男の人もつらかった。



そして、今

もっと自由でおおらかで違いを楽しめる

そんな時代



つまりは、個人の好きに生きようよって時代

やりたい人がやりたいことをやろうよ

不得意なことは得意な人にお願いしようよ

休みたいときはちゃんと休もうよ

言いたいことは話し合おうよ

誰かの不幸の上に成り立つ幸せじゃなくて

みんなが幸せでいれる世界に流れが来ているんだと思うのですよ。




だからこそ、「その2」に戻るけど

みんな学んでいるし、みんな自分癒しをしているんだと思うんですよね。