わたしは「自分で決めた」ことが
あまりないんじゃないか、
と思う。
そんなこといっても
どんなに人に言われたとしても、
最後は自分が決めてるのだから、
その選択でいまを生きてるのだから
結局は「自分で決めてる」
のだけど、
人からの強い希望や要請や意見に
逆らってまで
自分の気持ちや希望を通すのがわたしには
どうにもむずかしく
場に流されることが多くて
「自分で選んで決めた」感覚をもてた
経験がとても少ない
という方が
しっくりくるのかもしれない。
たとえば、
小学二年生ではじめた
ミニバスケットボール倶楽部🏀は
姉が入っていたから
(学校終わり、倶楽部が始まる前に
母が補食でパンを食べさせてくれるのが
うらやましくてつられた)
わたしは基本内向的で
ひとり遊びが得意な子だったから
チームプレイに向かず万年補欠だった。
仲間の連帯感に流されて
中学でもバスケ部に入部したけど、
向かない場所での人間関係に地獄をみた。
高校は姉とおなじところに
行きたかったけど
母から「お金がないから近くの公立に行ってくれ」
と言われて、しかたなくそこに通った。
3年間なんとなく過ごした。
卒業後、就職できなくて
母に言われるままに地元の職業訓練所に
一年通った。
就職して家を出て
住んだ部屋は母が不動産屋で
1番最初にみた部屋に決めた。
ほかはいっさい見なかった。
古い木造アパートの一階で
洗濯機は玄関の外置き。
エアコンもなく、窓を開けて寝たら
泥棒に2回入られた。
こわくて彼氏を泊めたら、
敷地内に住んでた大家さんに
「無断で泊めるな」とドアに張り紙をされた。
セキュリティもプライバシーもくそも
ない部屋だった。
そのあとは
同棲相手が決めた部屋に住んだり
相手の部屋にわたしが転がり込んだり
会社がもってる部屋に住まわせてもらったり
いまの家に引っ越すまで、
自分で住む部屋を決める経験を
したことがなかった。
(だから経験をさせてくれた夫や不動産屋さんにはとても感謝してる)
なんだかここまで書くと
まわりの環境や先回りして決められたことへの不満や愚痴にしか聞こえないかもしれないけど、
(それもないわけじゃないけどさ)
もしくはわたしの社会不適合ぶりか。
これだけ違和感を感じてきながら
わたしは受け身に相手まかせにして
自分では意見も要望も抵抗も交渉も
なにもしてこなかった。その結果だ。
そのことをいいたい。
わたしがこうなった背景はあるし
まったく抵抗もしなかったわけでもないし、
我を通したことだってある。
それでも、
いまだに「自分が決める」ことが
タヒぬほどこわくて、
毎回呼吸困難でたおれそうになる
いつだって自分が責任をとりたくないし
良い結果はうけとりたいけど、
それ以外は
相手が全部請け負ってくれたらいいのに
卑怯でずるいわたしは逃げていたい。
決めてこなかった自分への弊害だと思う。
でも、ここ数年、ようやく
自分の気持ちや要望を少しずつでも
出せるようになってきた。
それは、ずるい卑怯なわたしもありながら
ガタガタふるえながら、怖いまま
勇気をふりしぼって「決める経験」を
してきたからだと思う。
もうだいぶ長くなってしまったので
それについてはいったん割愛するけど、
まだまだ癖はのこってる、
すぐわかんなくなっちゃうときもある。
でも、やってかないと癖は変わらない。
それだけはわかった。
これからも「決められない」と
怖がって逃げたくなることもある
でしょうが、
わたし、ひとりではないから。
夫やカウンセラーの先生や、
まわりの人たちに助けてもらいながら
勇気を出していきます。
