いろいろ。 | WHATEVER WORKS

いろいろ。

ミスチル=ボーカルのアイツと顔でかいあいつとその他
スピッツ=ボーカルのアイツと空気読めない格好のあいつとその他
サザン=ボーカルのアイツと嫁とその他
ラルク=ボーカルのアイツと煙草吸ってるあいつと不健康そうなアイツとその他
グレイ=ボーカルのアイツとでかいオバケとその他(なんか一人綺麗なのいた)
ポルノ=ボーカルのアイツとギターのアイツ
ビーズ=          〃
バンプ=ボーカルのアイツとその他
アジカン=         〃
レミオ=          〃
以下略

ソース:http://www.unkar.org/read/mamono.2ch.net/mjsaloon/1207999671

もうドラムなんてドのつく素人からしたらよっぽど下手じゃない限り
みんなすげーという域。 レベル:モーラー奏法ってなんだ?
素人目線でやんわり眺めて楽しんでるのがすき。
好きだから好き。
なんか、面白いしね。見てて。



最近、いろんな人の声が かすれて 聞こえる。
自分の耳が変なのか、
自分の耳がかすれた声を求めて聞き分けてそんな気がしてるだけなのか、
おそらく後者。



めぐる季節 追いかけていく 転びながら それでもいい調子


スピッツ解剖なんちゃらなんちゃら忘れたけどそういうので、
スピッツの周りの人がスピッツについて語るみたいな企画の動画を見た
んだけど、その第2章でジャケット写真を担当してるクリエイターの
人が出てきて、その人のHPにたどり着いてみたらば、
カエラとかSuperflyとかその辺の自分の好きなアーティストさんの
ジャケットもやってるみたいで驚いたよー
自分、メジャーどころとはいえ好きなアーティストなんて数えるほど
しかおらんから、狭くて深いようで浅いから、そう考えるとすごい偶然。
というのがお分かりいただけるような。。

あとなんか音をどうにかする仕事(レコーディングエンジニア)の人が、
マサムネさんは倍音構成が云々で周りの音にかき消されやすい声だって
言っていた。
そういう意味では自分も同じだと思った。違うかもしれないけど。
間違いなくお店でのすいませんが通りにくい声だと思う。(経験上)
ただ、声が小さいだけなのかなあぁぁぁぁ....
余談だけどこのレコーディングエンジニアの人めちゃくちゃアガってて
アガってるのが手に取るようにわかってこう言っちゃなんだがなんか
人がよさそうにみえて愛くるしかった。



マヨ系新バーガーはいいからケチャップドバドバ系バーガーを作っておくれ。
ドバドバかかってるのに主張しすぎないお味で美味☆
みたいなバーガーを作ってくれたら通いつめるのに。
ファーストフードほど自分で作ろうと思わない食べ物はないんだから、
ニッチ?なところを攻めてくれたっていいじゃない。
それこそ限定でいいから。



明日は学校と病院だ。
学校でこっぴどくしかられて、病院で検査結果を聞く日だ。
ウジウジウジウジ・・・

昨日の徹夜のせいでさらに狂っちゃったから、
明日ちゃんと起きれるかなぁ?不安だ。



自分なりに考えて生きてるつもりが最近ただ生きてるになってきてる気がする。



ナタデココがおいしい。
3日連続。
昨日なんて2本も!
空き缶ごろごろ・・
のんべえの人の部屋の空ビール缶ごろごろのごとし。




自分が重すぎるせいかヒトが軽すぎてドン引きするときがある。
ごめんなさい よくわかんない気持ち おもすぎて



今自分がマサムネさんだったらピーナツバターをモチーフに詞を書くだろう。
甘くておいしいマイブームのピーナツバターをクリスピーのように。
こういうとき絵っていうのは限界があるよなぁ。
いくらピーナツバターをぺたりとリアルに描いても だから? で終了。
ぐっちゃりよくわかんないピーナツバター描いても 何これ? だし。
解釈とかの前にピーナツバターとわかってくれなきゃはじまらないもの。
文章は日本語として理解できて、その上での個人の解釈があるものね。


しかし
こないだ小林秀雄の『近代絵画』のなかのゴッホの章に非常にそうだね
と思う文章があったので取り上げて(引用して)おく。

・何と沢山な告白好きが、気楽に自分を発見し、自分を軽信し、自分自身と戯れることしか出来ないでいるかを考えてみればよい。
正直に自己を語るのが難かしいのではない。自己という招待をつきつめるのが、限りなく難かしいのである。

・狂人の告白を誰も相手にはしないが、普通人の告白でも、先ず退屈極まるものであって、面白がっているのは告白する当人だけであるのが、普通である。
ひたすら自分を自分流に語る閉された世界に、他人を引き入れようとする点で、普通人の告白も狂人の告白と、さほど違ったものではない。自分自身を守ろうとする人間から、人々は極く自然に顔をそむけるものである。


そう、そこ。
ちょっと前につぶやいたかもわかんないけど、
スピッツの音楽って「自分流の閉ざされた世界」に
他人を引き入れようとしているようでしていない。

みんなの求めているもの(ニーズ)を感じている時点で、
自分流を出しつつもやっぱし求めているものに応えようとした作品
になっている。だから受け入れられるし、そむけられることはない。
そこの、自分の思いもよらないところで人の心を動かしてるものこそが
ほんとの個性である気がする。自分の意思に関係なくってところが、重要。


いろいろ無駄なことを考えていたら、楽しいんだけど、おなか減ってきた。
今日は、夕飯くらい、自分で作ってもらおうか。

以上。
普通人の退屈きわまる文章を最後まで読んでくだすった皆さん、
貴重なお時間をありがとうございました。