昨日の話ですが、今年亡くなった祖父の97歳の誕生日でした。
改めて数えてみて「たかが2ヵ月半」と、やっぱり思ってしまう自分に苦笑いしながら、母と市営の動物園に行ってきました。
市営の動物園は何個かあるのですが、昨日行ったのは一番規模は小さいながらも、市の中では一番古い歴史を持ち、内容としても充実しているにもかかわらず入場料はいつでも無料という、とても懐の広い動物園です。
生前に市営の一番新しくて広くて、祖父の家から近くにある動物園に一緒に行こうと誘っておきながら、約束を果たせないままだったので、せめてもの罪滅ぼしのような気持ちで母と約束をして行って来ました。
祝日だった事もあって、動物園は家族連れで一杯でした。
最初は祖父と行く約束をした動物園の方に行こうとしていたのですが、こちらにして良かったかもしれないと安堵しながらぐる~っと動物を見てきました。
人がいつもより多いせいか、はしゃいでる? 動物が多く、あちこちの檻で「バンッダンッ!」という音を聴きました。
この動物園には象さんがいません。
ずっと一匹いたのですが、彼女も随分前に夭逝して、その後は大きな広場に改装されました。
昨日はその広場ではクイズ大会をしていました。
その近くに昔実際に走っていた市電(ちんちん電車)が設置してあり、中に入れるようになっています。
小さい子どもが多い中、母と2人で地元名産の菓子パンを頬張りながらシートに座ってきました。
市電の車内で、大人たちが掌に収まるカメラで代わる代わる自分の子どもを写真に撮っていく様や、ケータイで話している姿を見て、とてもおかしい気持ちになりました。
ああ、今はやっぱり21世紀で、市電で普通に通勤していた人たちから見たら、この光景は信じられない未来なんだな、と。
今でもお母さんが子どもに歌う歌は「ぞうさん」だそうです。
ちょっと以前にネットで(私の情報源は大抵ネットですが)知りました。
昨日はその作詞者のまど・みちおさんの101歳のお誕生日だったそうです。
まどさんのお誕生日をお祝いするイベントが都内で開かれていて、チケットを取っておいて頂いたのですが、どう頑張っても時間が間に合わない事と、どちらかといえば祖父の誕生日をお祝いしたかったので遠慮してしまいました。
まどさんのお誕生日のお祝いは、たくさんの人が、まどさんの詩を朗読したり演奏したりしたみたいです。
とても賑やかで素敵な会だったんだろうなと思います。
動物園ではふれあい広場があって、ヒヨコやハツカネズミやモルモットをだっこする事が出来ます。
私の両手の中で震えるヒヨコや逃げ出そうとするネズミを撫でながら、やっぱりおかしな気分になりました。
私の祖母は養鶏をしていたそうで、母は鶏肉が食べられないのですが、その原因は祖父が絞めた鶏が死後硬直であげた声を聞いてしまったか、絞めた筈の鶏が歩いていたのを目撃したかのどっちかだったそうです。
私の幼少期には「卵を取られてお肉も取られちゃうんじゃ可哀想でしょ?」と言っていたくせに、結局それは嘘だと親戚の口からばれてしまいました。
偶々時間が合ったので、ツキノワグマのごはんの時間を見ることが出来ました。
たくさんご飯を食べてるツキノワグマは、立ち上がると私の背よりも高くて爪も大きくて、あんなのが居座られちゃったらやっぱり射殺するしかないんだなぁと、やっぱりおかしな気分になりました。
母が離れている間、まどさんのお祝い会に行けない旨をケータイで送る為にベンチに座っていたのですが、打ち終わってふと顔を上げると「檻の中も動物だけど、ここを歩いている人も私も動物なんだよな」と思ったら、ちょっと眩暈がしました。
その変な気持ちのまま、この記事を書いています。
生きてる人といなくなった人と、動物と人間と、何も変わらない筈なのに、ちょっとの拍子で全然違うものになって、でも、違って当たり前なんだよなぁと、当たり前のような事が、改めてこころの中でたぷんたぷんと音を立てています。
明日はいつものように目を覚まして、今の私が行くべき場所へ行って来ます。
改めて数えてみて「たかが2ヵ月半」と、やっぱり思ってしまう自分に苦笑いしながら、母と市営の動物園に行ってきました。
市営の動物園は何個かあるのですが、昨日行ったのは一番規模は小さいながらも、市の中では一番古い歴史を持ち、内容としても充実しているにもかかわらず入場料はいつでも無料という、とても懐の広い動物園です。
生前に市営の一番新しくて広くて、祖父の家から近くにある動物園に一緒に行こうと誘っておきながら、約束を果たせないままだったので、せめてもの罪滅ぼしのような気持ちで母と約束をして行って来ました。
祝日だった事もあって、動物園は家族連れで一杯でした。
最初は祖父と行く約束をした動物園の方に行こうとしていたのですが、こちらにして良かったかもしれないと安堵しながらぐる~っと動物を見てきました。
人がいつもより多いせいか、はしゃいでる? 動物が多く、あちこちの檻で「バンッダンッ!」という音を聴きました。
この動物園には象さんがいません。
ずっと一匹いたのですが、彼女も随分前に夭逝して、その後は大きな広場に改装されました。
昨日はその広場ではクイズ大会をしていました。
その近くに昔実際に走っていた市電(ちんちん電車)が設置してあり、中に入れるようになっています。
小さい子どもが多い中、母と2人で地元名産の菓子パンを頬張りながらシートに座ってきました。
市電の車内で、大人たちが掌に収まるカメラで代わる代わる自分の子どもを写真に撮っていく様や、ケータイで話している姿を見て、とてもおかしい気持ちになりました。
ああ、今はやっぱり21世紀で、市電で普通に通勤していた人たちから見たら、この光景は信じられない未来なんだな、と。
今でもお母さんが子どもに歌う歌は「ぞうさん」だそうです。
ちょっと以前にネットで(私の情報源は大抵ネットですが)知りました。
昨日はその作詞者のまど・みちおさんの101歳のお誕生日だったそうです。
まどさんのお誕生日をお祝いするイベントが都内で開かれていて、チケットを取っておいて頂いたのですが、どう頑張っても時間が間に合わない事と、どちらかといえば祖父の誕生日をお祝いしたかったので遠慮してしまいました。
まどさんのお誕生日のお祝いは、たくさんの人が、まどさんの詩を朗読したり演奏したりしたみたいです。
とても賑やかで素敵な会だったんだろうなと思います。
動物園ではふれあい広場があって、ヒヨコやハツカネズミやモルモットをだっこする事が出来ます。
私の両手の中で震えるヒヨコや逃げ出そうとするネズミを撫でながら、やっぱりおかしな気分になりました。
私の祖母は養鶏をしていたそうで、母は鶏肉が食べられないのですが、その原因は祖父が絞めた鶏が死後硬直であげた声を聞いてしまったか、絞めた筈の鶏が歩いていたのを目撃したかのどっちかだったそうです。
私の幼少期には「卵を取られてお肉も取られちゃうんじゃ可哀想でしょ?」と言っていたくせに、結局それは嘘だと親戚の口からばれてしまいました。
偶々時間が合ったので、ツキノワグマのごはんの時間を見ることが出来ました。
たくさんご飯を食べてるツキノワグマは、立ち上がると私の背よりも高くて爪も大きくて、あんなのが居座られちゃったらやっぱり射殺するしかないんだなぁと、やっぱりおかしな気分になりました。
母が離れている間、まどさんのお祝い会に行けない旨をケータイで送る為にベンチに座っていたのですが、打ち終わってふと顔を上げると「檻の中も動物だけど、ここを歩いている人も私も動物なんだよな」と思ったら、ちょっと眩暈がしました。
その変な気持ちのまま、この記事を書いています。
生きてる人といなくなった人と、動物と人間と、何も変わらない筈なのに、ちょっとの拍子で全然違うものになって、でも、違って当たり前なんだよなぁと、当たり前のような事が、改めてこころの中でたぷんたぷんと音を立てています。
明日はいつものように目を覚まして、今の私が行くべき場所へ行って来ます。