「バイトですか?」
夏の暑い昼さがり、体育館で昼ご飯を食べていた僕に中学の先輩である武田先輩から急遽バイトを一緒にやらないかと声を掛けられた。
「うちの水族館なんだけど、お盆の時期は家族連れのお客さんがやたらと来んだよ。
それで急遽短期間だけど手伝ってくれる奴いないかって社員の人から相談されてさ。
夏休みはどうせ暇だろ?どうだ?やってみないか?」
「水族館のバイトですか・・・」
僕はバイトをするかしないを考える傍ら、あの時出会った儚げな女の子のことを不意に思い出していた。
イルカのキーホルダーを探していたあの女の子、高遠 香澄のことを。
キーホルダーを返したあの後、他のクラスの奴から高遠 香澄が僕と同じ学年で何かと目立つ存在だという事を聞いていた。
あの雰囲気と容姿は確かに噂になるとは思うが、それよりも高遠はあまり学校に来ていないそうなのだ。
それも相まって高遠はクラスから若干浮いているみたいだ。
そういえばあのキーホルダー。
あれはこの町にある水族館でしか売っていないものだったな。
決して高いものでもないし。むしろ限定品にもかかわらずかなり安いキーホルダーだったはず。
それをあんなに大事そうにしていたのには何かしらの訳があるのだろうか。
んーしかし、バイトかー お金は欲しいし、買いたいゲームはあるんだけど、この時期にわざわざバイトするのはダルいな。
よし!ここは・・・
「んで、どうする?やってくれるとありがたいんだけど。」
「いやーこの時期は僕も何かと忙しいんですよね~」
「ふ~ん、んで実際のところは?」
「正直部屋でダラダラ過ごしていたい」
「おい、てめぇ。」
「いや、先輩。誰がこの暑い時期に好き好んでバイトするって言うんですか?家に帰ればクーラーの効いた部屋でゲーム三昧!これぞまさに我が青春!という事でこの話はな・・・」
「昼飯付き、交通費付き」
「先輩、そのバイト謹んでやらせていただきます」
人生何事にも素直に生きる事が大事である。
「じゃあ休憩入ってもいいよ!」
「あ、はい。わかりました。」
水族館でのバイトは案外やる事が多かった。手の足りない場所があればそこへ行き、そこの場所が終わればまた次の場所へ呼ばれる。それの繰り返し。
短期とはいえ、この人使いの荒さはなかなかに疲れる。
「水族館ってこの次期、こんなに混むものなんだな。」
先輩が言っていた通り家族連れも多かったが、それと同じくらいにデートしに来たカップルが多かった。
とりあえず、リア中は息絶えてしまえと心の中で3回唱えておこう。
そんな忙しさもお盆の最終日にもなればかなり落ち着いてきている。
今日はすこし楽が出来そうだ。 休憩が終わり僕は館内案内をするために回遊魚のコーナーで待機していた。
ここは360度水槽に囲まれ、その中を自由に魚たちが泳いでいる。
「ここはほかのコーナーに比べて空気が澄んでいるように感じるな」
それに泳いでいる魚たちを見ていると時間が経つのが早く感じる。
僕がぼーと見ていると周りはだんだんとカップルばかりが目立つようになってきた。
ここは館内でも一番のスポットなのだろう。
僕は複雑な気持ちになりながらもこのリア充たちの邪魔にならないように存在感を消そう。本当に息絶えてしまえ。
「ん?」
何も考えない石像のようになろうとしていた矢先、人込みの中に淡いワンピースを着た一人でいる女の子を見かけた。
それが高遠 香澄だと瞬間的にわかった。なぜわかったのかは今の俺にはどんなに考えてもわからない。
高遠はずっと回遊している魚を見つめていた。
何か楽しんでる表情でもなく、むしろ何かを我慢している。そんな表情に見えた。
それから高遠はどこかに移動することもなくずっとこのコーナーで佇んでいた。
何か話すことがあるわけでもない、ただ声をかけないとこのまま動かないんじゃないかと思うほどに高遠は一点を見つめていたからだ。
「おい」
「・・・・」
「おーい高遠さん」
高遠は驚いた表情でこちらに顔を向けた。
「そんなに真剣に魚を見続けて疲れないか?」
「・・・・」
こちらの質問には全く反応示していない。ってかそもそも俺のことをわかってないんじゃないか?
「あー俺の事覚えてないか?前にイルカのキーホルダーを拾ってあげた。」
「あっ」
とりあえず不審者扱いにならないで済みそうだ。
「なんで名前、知ってるの?」
「そりゃ同じ学校で同じ学年だし、それに高遠さんちょっと有名だしね。」
「・・・・」
「・・・・」
会話が止まった・・・・
「んー高遠さんは魚好きなの?」
「そんなに好きじゃない。」
「じゃあ水族館が好きなの?」
「・・・好きじゃない。」
「えっ?じゃあなんで来てるの?それにずっとここで見てたし。」
「・・・・」
高遠はそのまま何も話さなくなった。これ以上話しかけるなとでもいう雰囲気を出していた。
以前出会った時の彼女と本当に同じなのか、そう思うほどに今の彼女は違いすぎたのだ。
結局高遠はしばらくしてから、このコーナーから立ち去った。
どんな思いでこの場にいたのか、何もわからないまま、二度目の出会いは終わったのだ。
そして夏休みも明け、朝いつものように登校していた僕に後ろから声をかけられた。
「ちょっと付き合って。」
制服姿の高遠 香澄が無表情に僕に誘いの言葉を投げかけた。