最愛の妻を喪くし哀しみに支配され、途方に暮れていた。苦しくて辛くて生きる気力もなくし、心も身体も限界だった。

そんな状態でも子育ては待ってはくれない。

離乳も終わっていない我が娘。

そんな状況でも誰の助けもない中で育てなければならなかった。

あの頃、孤独で、不安で、毎日限界だった。助けての声さえ上げられないほどの苦境に立たされていた。

それでも誰も助けてはくれなかった。

誰も寄り添ってはくれなかった。

誰も手を差し伸べてはくれなかった。

この世の全てを恨んだ。

この世の全てを憎んだ。

そして無力な自分に怒りが湧いた。

この感情は今も心の澱となり、私の心の底に澱んで揺蕩っているのだろう。

心の均衡が崩壊したのはこの感情のせいだった。

良い人、優秀な人であろうとしたんだ。

このネガティブな感情を押し殺し、強い男、鷹揚な人物を演じ続けた。

周囲の気遣いに感謝しなければと、自分なら出来ると無理に無理を重ね続けた。

あれから10年。

あの時の怒りや恨みの感情を心に留めた長い歳月。

もうそろそろ潮時だ。

ネガティブな感情があったこと、

決して強くはなかった自分を認めてこの感情を昇華させる時が来たようだ。

あの時の市役所の担当者の仕打ち。

あの時の保育園の保育士や園長の言動。

あの時の会社の同僚の態度。

あの時のマンションの自治会役員の言動。

誰も助けてはくれなかった。

誰も寄り添ってはくれなかった。

あの時の怒り、疎外感、そして落胆。

彼らのあの時の仕打ちに対する正直な感情をここに書き出すことで昇華させよう。


ふざけるなよ、偉そうに、なんの役にも立たない事ばかりしやがって。本当にして欲しいことは何一つしてくれやしないじゃないか。


いろいろあった。

助けてもらえることは一度もなかったけれど。

しかし今、娘は無事に育ち、私はEarly retirement し、子育てに専念出来ている。

そう。それでいいんだ。全ては大丈夫なように出来ているんだ。