ついに帰る日です。

長々と書いていますが、一週間くらいの旅でした。

 

朝からスーツケースに荷物を詰めていきます。

もはやパッキングのプロである私は昨晩要らない物を紙袋にきちんと詰めて、「ゴミ」と張り紙をしておきました。

そうしておくと清掃の方がゴミか忘れ物か悩まないで済みます。

それで空いたスペースに、包装とタグを全部取ったお土産を詰めていきます。

国内線のため、検疫とかの心配はいらないので、その点はいつもより楽です。

税関もないしね。

 

重量制限が気になるところですが、ホテルに体重計がありません。

最近そういうホテル多いですよね。

健康のために毎朝体重は測っておいた方が良いのに。

 

重量制限に引っかかった時のために、すぐに抜ける物を手前に詰めておきます。

重くてまとまった形の物がよろしい。

ばらけてて軽い物は抜きにくいのでNG。

 

すると何回旅行しても全くエキスパートにならない熊夫さんに、荷物が入らないよーと助けを求められます。

仕方ないのでチョコレートの箱を全部引き受けました。

まあなんとかして、行きに機内持ち込みに使った小さなスーツケースを空けて、そこに全ぶっぱです。

 

空港でレンタカーを返却し、いざチェックイン!

やっぱり重量制限に引っかかりました。

私は素早く手前に入れていた北海道の木彫りの熊を抜いて、一発で減量成功。

見たか、この実力。

 

ところが熊夫さんがもたもたと軽い物をばらばら抜いていて、一向に制限重量にならない。

ゴッドハンドを持つ私が、新聞紙の束を抜いてクリア。

義父の訃報が載った新聞を何部か、ですが、掲載ページだけ持って帰ればいいのにと思いました。

そこは言わないであげましょう。

 

我々がチェックインカウンターでもたもたしているところ、後ろから「熊夫ー!熊夫-!!」と呼び声が聞こえます。

自動発券機にパスポートをさしっぱなしにしてきた熊夫さん。

次の発券者がパスポートの持ち主を探してくれてたんですね。

フルネームで呼ばれるの、スコットランドでクレジットカードを点々と落とした時以来だね。

 

てんやわんやしながら無事セキュリティーを通過した我々は、それでも早めに来ていたので、腹ごしらえをしようとFat Guysというハンバーガー屋に入りました。

カリフォルニアだったら絶対に売れないだろう店名。

しかもマスコットキャラクターが太った禿のおじさん。

なんでなの。

 

 

ところが待てど暮らせど注文した品がやって来ません。

空港では致命的な欠陥サービスなのでは。

 

結局Uno二周やって、ババ抜きまでしてもまだ来ませんでした。

やっと運ばれてきた時には、もう結構搭乗時間ギリギリだったので、慌てて食べました。

写真も急いでいるのがわかるくらいいい加減。

 

この時ちょうどオクラホマが唯一保有するプロスポーツチームである、NBAのオクラホマシティサンダーズが半世紀ぶりくらいに優勝したので、ちょっとした騒ぎでした。

 

ところでずっと私は木彫りの熊を小脇に抱えています。

 

 

そして我々はコロラドのデンバー経由で帰ります。

コロラドの名物は何なのか。

それは今もわかりません。

 

デンバー空港でのわずかな滞在時間で、何かコロラド土産はないかなー!とうろうろしてみたのですが、何が名産なのかもよくわからず。

「コロラド」と書いてあるパーカーを買いました。

あとでよく見たら、「コロラド オーシャンダイブ」と書いてありました。

コロラドにオーシャンはない。

 

 

カリフォルニアに戻る途中。

山火事が見えました。

 

 

しばらくしたらもう一か所燃えてました。

カリフォルニアなので。

 

 

そしてロングビーチ到着!

ありえないくらいスーツケース壊されてました。

どうしたらこんな風に凹むん?

リモアぞ?

 

 

スーツケースのダメージで中が心配でしたが、私の神技術で梱包してきた割れ物は無事でした。

 

 

 

写真が90度回っちゃった。

 

省いていますが、私が趣味にしているアンティーク屋さん発掘もこの旅の合間合間にやっております。

タルサは結構アンティークモールが点在しているよ。

オレンジのアンティークモールの品ぞろえは、年代も種類もかなり整頓されていますが、その分正当な値段が付いていて掘り出し品も少ないです。

この辺のモールは60-80年代のガラクタが混在している感じ。

ジャンルもごちゃまぜ。

お宝を発掘してやるぜ!という余地があります。

 

北海道の木彫りの熊がいて、「お前!こんなところに!」と思わず買ってしまいました。

重い。

 

 

さてちょっと早めのお夕飯。

Mother Road Market

1124 S Lewis Ave,Tulsa

というちょっとこじゃれたフードコートみたいなところ。

最近できた物なので、熊夫さんも初見。

 

ここにはオクラホマグッズを売るお店が入っており、私のテンションが爆上げになり、オクラホマ柄のトレーやらキッチンタオルやら、やたらめったらお買い上げしてしまいました。

 

こちらはかわいいかどうかわからないオクラホマ君人形。

手足と目口だけ付けたやっつけ仕事。

赤はオクラホマのテーマカラーです。

けしてチーバ君を意識したものではありません。

 

 

余りにも一つが巨大なので、四人で引きちぎって分けたためにボロボロな様子になってしまいましたが、こちらはネイティブアメリカンのソウルフード(ソウルフードは南部の黒人料理を指すので、厳密には違いますが)Frybreadです。

平べっこく揚げたドーナツ的なものです。

 

お店の壁に沢山の賞状がかかっており、売り子は若い兄さんでしたが、彼の母親が焼いているとこのこと。

美味しいけれど、想像を上回ることはありません。

要するに揚げパンです。

揚げたパンは美味い。

 

この旅では全然アジア人を見てないのですが、時々「あ、アジアの人だ!」と思ってみると、ネイティブアメリカンの人であるというパターンが多いです。

ジャクソン大統領の時に涙の道で大量に殺されながらここに集められてきてますので、他州よりもネイティブアメリカンの人口比率が高いです。

 

苦難の歴史が語られるので、有色人種が少ないと思われがちですが、黒人比率も南カリフォルニアより圧倒的に多いです。

そして適当な格好をしていると殺されてしまうので、白人よりもよっぽどきちんとした格好をしています。

 

逆に白人のだらしない洋服を着ている層は本当にどうしようもないくらいボロボロだし、暑いせいか外をうろうろしている男性は上裸な人も結構いる。

 

カリフォルニアに住んでいると見えない部分がいっぱいあるなと思います。

 

 

チャムが突然寿司を食べたい!と言い出したので、サーモン刺身を注文。

4切れで14ドル。

4切れで14ドルだよ!!きー!

海あるところに帰ってから食べなよ!

 

 

とはいえ、私もふと魔がさしてラーメンを頼んでしまいました。

わー。

柔らかーい(伸びてる

なると大盤振る舞いだな。

 

ここでも熊夫さんの高校の時の友達が来てくれてたんですが、彼女の子供がチャム&ウイジと同じくらいの年頃で、普段はホームスクールをしており、あまり同年代の子と一緒にいないとのことで。

チャム&ウイジを見るなり「一緒に遊びたい!」と強く希望したために、夜は子供らを彼女の家に連れて行って一緒に映画を観るナイトにし、我々大人は連れ立ってバーに飲みに行こう、ということになりました。

 

 

そんなわけで、お友達の家。

なんと立派な猫。

オハイオで拾ったと言っていました。

持って帰ってきたの?えらいこっちゃ。

 

彼女の家は警察署の敷地内にあるので、安全面では申し分ない。

 

 

The starlite Bar

1902 E 11th St, Tulsa

に。

ここも最近できたそうですが、友達が言うには「今うちらの中で一番ホットなバー」とのこと。

確かに、30-40代のおじちゃんおばちゃんが続々とやって来てはだらだらとお話しして社交をしています。

奥ではDJがチキチキブーと音楽を鳴らし、踊れるスペースもあります。

 

狭い世界だなと思うのは、熊夫さんの同級生が次々とやってくるのです。

生き残った人々はこうして日々を過ごしているのか。

生き残っていても内臓に致命的な損傷を負った人が多いので、メニューのモクテル(アルコール抜きのカクテル)は驚きの充実ぶりです。

皆粛々とお酒、あるいはジュースを飲んで、礼儀正しく踊っています。

 

太ったおじさんがどしどしと走り寄ってきて、「お前が熊夫か!?おーまいがー!俺が大学に入った時、みんながお前のことを話していて、俺では到底熊夫の代わりにならないってさんざん言われたんだぜ!」などと20年前の事を言い出す始末。

愛され熊夫。

 

更に狭いことには、誰もかれもが誰かの元カレ元カノで、「あの子、今私の元彼と付き合ってるのよ。絶対後悔するわ」みたいなローカル噂話をいくつか聞きました。

田舎の人はプライバシーが無いな。。。

 

 

ラビリンスのピンボールゲームがある!!

機械の上の人形は立体で、お金を入れると動いてしゃべりだします。

 

地獄タルサ編、長くなりましたが、そろそろカリフォルニアに帰ります。

名残惜しいようなそうでもないような。

 

 

Stonehouse Cafe

1748 Utica Square,Tulsa

でお昼ご飯です。

おしゃれカフェみたいな感じ。

 

 

さて、ウイジのリクエストで

The Outsiders House Museum

731 N St Louis Ave, Tulsa

に行きました。

 

70年代オクラホマの若者の青春がテーマの映画Outsidersの撮影で使われた家が、そのまま保存してあり、中には撮影に使われた小道具が展示されています。

ウイジは小説で読んだそうです。

映画は子供の頃のラルフ・マッチ(ベスト・キッドの子)やトム・クルーズが出演しております。

 

経済的に厳しいご家庭がテーマでしたが、今もこの辺は治安が良くないエリアなので、ここに車を停めた時も上裸のいかれたおじさんが歩道に突っ立っており、なかなか外に出れませんでした。

 

通りの名前もOutsiders Way。

 

 

入ってすぐに置いてあるクラシックカー。

これは映画で使われたわけではないけど、運転席に座ったりできます。

入ったけど、すげえ臭え。ぐえええ。

 

 

入場料を奥の売店で払うと、手に判子を押されて、家に入ることができます。

 

 

こちらは触れないけど、映画で実際に使われた車。

ペンキが剥げとる。

 

 

家、外観。

映画の大ファンが家を買い取り、そのまま公開しているそうです。

監督はフランシスコッポラ、1983年の作品です。

ウイジはブレックファストクラブも好きだし、青春映画が好きなんですかね。

 

若者の貧困層と富裕層の対立構造から、ウエイトサイドストーリーみたいに言う人が居ますが、あれは恋愛を中心としたロミオとジュリエットコンポジションなので、違うと思います。

アウトサイダーズの物語では恋愛はあまり重要なエレメントではないので。

むしろ貧困層の絶望と希望の物語では。

 

 

入り口。

家の説明をしてくれる人が3,4人くらいいます。

見学人と区別がつかないですが、近づくと待ってましたとばかりに話し始めるので、適当に漂っていても大丈夫です。

 

 

入ってすぐリビング。

映画でわしづかみで食べられていたチョコレートケーキの偽物。

 

大人になって観ると、お兄ちゃんも成人しているとはいえまだ子供なのに、弟二人を仕事して養いながら家事もして地元の不良のまとめもしなきゃいけなくて、もう大変!と思ってしまいます。

兄ちゃんが片付けた家を散らかすなよ不良ども。

 

 

衣装も沢山展示してあります。

映画のシーンをプリントした写真も多数あるのですが、そこは権利の関係で写真を撮ってはいけないらしく、結果キッチンとかは撮影できませんでした。

物品は撮影可。

 

 

出演者がサインしていった壁。

 

 

コッポラ監督のストーリーボード。

 

 

主人公が最後に手紙を読んでいたベッドルーム。

椅子に実際に座ることもできます。

 

 

奥の売店でTシャツやマグネットなどを買って、外に出ました。

相変わらずうろうろしている頭のおかしいおじさんが犬を抱えていましたが、一体どこから。。。

 

 

そのまま運転して近所の熊夫さんが通ったミドルスクールやハイスクールを見て回りました。

熊夫さんもこの辺に住んでいたので、彼の青春はそのままアウトサイダーズみたいな感じだったそうです。

思い出に出てくる友達、半分くらい亡くなっているものね。

 

 

その後熊夫さんの思い出の公園

Woodard Park and Gardens

2435 S Peoria Ave, Tulsa

に車を停めてぷらぷらお散歩をしました。

めちゃ暑い。

 

そしてリスが山ほどいて、だんだん我々に向かって集まってくるのです。

ひえええ。

 

 

こ、怖い。

囲まれてしまいました。

 

野生動物が人間に向かって近づいてくるのは、良くないサインだと聞いたことがあるので(狂犬病とか)、走り逃げました。

死んでカラスにつつかれている個体もあったし。。。

 

映画アウトサイダーズで不良同士の抗争が公園で行われていましたが、この公園で実際に年一度くらい小競り合いをしているそうです。

それで亡くなった友達もいるので、熊夫さんの案内するタルサツアーはずっと「それで死にました」みたいな終わり方をしているのです。

地獄。

 

 

 

熊夫さんがなかなか本調子にならないので、またコロナ検査をしています。

陰性。

疲れているのでしょうな。

 

 

朝は美術館

Philbrook Museum of Art

2727 S Rockford Rd, Tulsa

に来ました。

 

このミュージアムは、フィリップス石油のフィリップスさんのおうちの一つで、結婚前に来た時はまだこれほど本格的に美術館にはしておらず、おうちの一角に個人蔵の美術品を並べて見学できるようにしている感じだったのですが。

今回はかなり美術館としてグレードアップ。

ギフトショップもできているし、展示会場も何部屋もあり、それぞれにキュレーターがきちんと監修したテーマがありました。

進化したな。

 

この日の特別展示はサムライ。

 

 

かなり大規模な展示でした。

鎧と同じ重さの重りを背負わせてくれるところも。

 

熊夫さんの高校の時の友達が子供を連れて会いに来てくれたのですが、上の子が自閉症で頑として動かずなかなか出てこれなくて遅れてきました。

結局上の子は出かけられなかったのでおじいちゃんに預け、下の子は来たのですがこちらは多動で大暴れでした。

小さな子供に何故か大人気のチャムがその実力を発揮し、シーツを体に巻いて走り回る下の子を小脇に抱えて歩いてくれたので、何とか展示を見て回れました。

チャムの子の才能はなぜなのかわかりませんが、5歳くらい下の子供に懐かれるというかなり限定したスタンド能力です。

 

 

家自体が美術的価値のあるフィリップスさんち。

グレートギャツビーの世界が広がる。

 

前回来た時より公開範囲が広がっており、私大興奮。

天井とか細部まで、札束で殴り掛かってくる細工。

 

 

ニューマネーだねえ。

この辺は、前回はまだフィリップスさんの親戚がなんかのパーティーをするとかで食事の準備とかで閉鎖されていました。

私は廊下に飾ってある若冲の鶏とかを眺めて帰ったのであります。

もう住宅としては使ってないっぽいですね。

 

 

ヨーロッパの宗教画のコレクションも豊富。

石が頭にぶつかって死んだ聖人の絵。

 

 

頭にサバイバルナイフが刺さって死んだ聖人の絵。

 

 

これは熊夫さんのお気にいり。

 

 

こちらも熊夫さんの好きな作品。

 

 

この屏風はあまり出来が良くなかったですが、私は一応大学で東洋美術の単位をとったので、あの空に浮かぶ黒いスイカの種みたいな月と水面が銀箔の変色したやつだとわかったので、本来は銀と金でキラキラしてきれいだったろう、という説明を得意げにしたら、周りのアメリカ人にほうほう、と聞いてもらえました。

 

 

犬でかい。

奥はアフリカンアートの展示でした。

 

 

ネイティブアメリカンの現代アート作品のコーナー。

お葬式に来ていたトレイブのお姉さんが、自分の作品が飾ってあるから観に行ってね、と言っていたので見つけました。

ネイティブアメリカンの女性が性犯罪に遭ったり誘拐されたり殺されたりする確率は、多人種に比べてかなり高い。

フェミサイドに対する抗議の作品とのこと。

 

 

フィリップスさんちのお庭です。

実はこの庭の裏が義父母の家だったので、なんとか覗けないかウロウロしてみます。

間に川があるので見えないかもしれませんが。

 

 

フィリップスさんち。

前来た時は雨降っているところに簡易のテントを張って、その下にテーブルを出してパーティーの準備をしていました。

よみがえる記憶。

 

 

鯉がいる池。

義父母の家にもこんな池を作ってましたが、維持が大変過ぎたのでたぶん今はないのではないかな。

 

 

おままごと道具が散乱している。

もうちょっとどうにかなさい。

 

 

旧義実家がチラ見できました。

私がまだ若かったハスキーのロッキーに引きずられて負傷した、思い出の庭。

工事中だね。

 

 

暑いので博物館内に戻って、なぜか和の雰囲気をまとっているカフェでコーヒーを飲んで一休み。

アイスコーヒーがあるなんてしゃれてるじゃないの。

 

 

友達と別れ、駐車場。

少し旧義実家が見える。

 

そんなわけで義父のお葬式です。

ホテルのロビーの大階段を上ったところを会場としました。

赤いバラの方はおじいちゃんから。

白い方は熊夫さんから。

 

義父はかつて牧師さんでしたが、色々と教会に思うところあり。

ある時子供を亡くした親に「お前の子供は教会にお祈りに来てなかったから地獄行きだ」と言った、他の牧師に反発して、

以来無宗教です。

 

私のように「なんとなく無宗教」ではなくて、強い気持ちで無宗教なため、きちんと宗教色を消してセッティングしました。

そもそもバイブルベルトのオクラホマでアメリカ白人一家がクリスチャンではないというのは、なかなかロックなことで、悪魔の手先め、くらいのことを言われます。

うるせー仏罰が当たるぞ。

 

 

お花は色々な方からいただきました。

ホテルの人を雇って、なんとなく良い感じに見えるように置いておいてくださいと言ったので、なんとなく良い感じに散りばめられております。

ジュースのサーバーが来るところ。

 

 

続々とご飯が。

DJも呼ばなかったしバーテンも雇わなかったし、お祈りに来る人も居ないけど、食いしん坊だった義父母のことを思い、食べ物は美味しい所のを手配しました。

あとギターを弾きながら、なんとなく良い感じにふんふんふーん♪と歌う歌手を置いて雰囲気を出します。

 

義弟は具合が悪くて来れなかったので、携帯電話でつないでテーブルの上に置いておきました。

時々義弟の友達が来ると、携帯を印籠みたいにかざして挨拶してました。

熊夫さんが進行を立派にしている傍ら、

私はわりと放っておかれているので、参列者の様子を興味深く観察しておりました。

 

一応うちの子供らには日本のお葬式ルールに準ずるような黒い服を着せ、ばかばかしいと思いながらもウイジと自分は40デニールのストッキングまで用意しました。

 

しかし来る人の服装はかなり自由でしたね。

ゴミ袋をバッグの代わりにかついできた人も居て、そりゃ黒いけれどもが!と思いました。

 

義父の友達は本人も召される一歩手前という感じで、洋服も着るのが精いっぱいという人がちらほら。

まだ元気な人は働いているからか、そのまま仕事用のスーツで、という感じ。

この死にかけの爺どもは上の世代ということもあってか、人種差別的な言動がにじみ出てくるので、長男の嫁として一応挨拶はするけど舌打ちを添えておいてあげました。

舐めるな。

 

熊夫さんの友達は若い世代ということになるのだろうけど、とりあえず家で一番きれいそうな服を着た、みたいなカラフルな人が半分くらい。

黒いお葬式風の服を着ている人が半数くらい。

 

先日ドイツ料理を一緒に食べた、短期記憶ができない彼も来てくれてて、良かった、お葬式覚えててくれたんだね!となりましたが、むろん私のことは忘れていました。

初めまして。

 

 

式も終わりに近づいたころ(というか会場を借りている時間が終わるころ)突如天気が変わり、大雨が降り強風が吹き、雷が落ちました。

ひゃっはー!!

すげえや!!

と、うちの子供らと大騒ぎで窓の外をみながらきゃーきゃー言ってたら、歌手の人が「え、あんたたちどこから来たの?」と聞いてきまた。

あ、南カリフォルニアです。

嵐とかなくて。

 

どんくらいすごい雨かというと、一瞬で窓枠から浸水してきました。

この世の終わりだ。

 

くだんのゴミ袋マダムが、ジップロックを1箱くれて、残っているケータリングの料理をありったけ詰めました。

ホテルの部屋に冷蔵庫あって良かったな。

マダム、葬式にジップロックを3箱持ってきてた。

 

 

すげえ!と興奮して、部屋に走って戻って日本から持って来た使い捨て雨合羽を着こみ、フロントから出ました。

ドアマンが「え?なんでわざわざ外に?」と怪訝な顔をしています。

激しく打ち付ける雨!子供らとぎゃーぎゃー言いながら道に立ってたら、かなり近くに雷が落ち、地下からガスの匂いが上がってきたのでぎゃーぎゃー言いながら戻りました。

 

ロビーで「トルネードだ!」「トルネードだ!」と言ってたら、他のお客さんに「これはただの雨。トルネードではない」と冷静に言われました。

そうなのか。

トルネードではないのか。

 

 

さて、夕飯は熊夫さんが南部のテックスメックスを死ぬ前にもう一度食べたいというので、パンク友達と

Chimi's Mexican Food

1304 E 15th St, Tulsa

に行きました。

私も死ぬ前にもう一度南部でファヒータを食べたかった。

 

カリフォルニアでもファヒータは注文できるけど、全然味が違うんよなあ。

ジャンク肉の切れ端なのよ。

美味しい。

 

パンク友達は結婚式の時も来てくれたのですが、その時とほぼ同じ内容のパンクロックの歴史を語ってくれました。

変わらないで何より。

 

彼女は事故で首の骨を折ったので、今は仕事をしておらず、毎年一回背骨の手術をしてなんとかやっている、とのこと。

お葬式に来ていたもう一人の友達も背骨を壊して来週手術だと言っていたし、その双子の妹も背骨をやっちまったと言っていた。

なんでオクラホマの人すぐに背骨をいわすの。

 

彼女の彼氏の連れ子が一緒に来てたのですが、お年頃の女の子のせいか「ご飯は食べないわ」などと言っており、ヘッドフォンをして座ってましたが、ウイジがチューインガムの販売機を見つけて「欲しい!欲しい!」と熊夫さんの幼馴染と(書いてないだけでずっといる)買いに行ったら、一緒に食べてました。

良かった。

でもちゃんとご飯も食べなさいね。

 

 

 

帰り道。

雨が止んで、教会が良い感じに悪の帝王の城みたいになってました。

タルサ教会多すぎて、一ブロックに二軒の教会があったりしています。

交番置いたほうが良いよ。

失敗したシムシティみたい。

 

 

ダウンタウン。

記憶よりずっと狭いな、と熊夫さんが言っていました。

 

オクラホマの人はなぜすぐに車に轢かれて致命傷を負うのか。

その答えも分かった気がします。

黄昏時だというのに、歩行者は左右も見ずにふらっと出て来て、まるで命なんか何でもないかのように車道を歩いています。

酔っぱらっているか、ラりってる人も多い。

 

敬虔深い()ので日曜日はレストランでのアルコール提供は禁止、小売店での販売も禁止です(一部コンビニは除く。

でもみんな勝手に飲んでますね。

 

 

ホテルに戻り。

ホテルの一階ロビー横にあるバーで飲むことにしました。

なんと熊夫さんは禁酒を守りずっとしらふです。

えらいな!

私は飲むけど。

 

さっきまで葬式してたところで結婚式をしているようで、若い花嫁さんが駆け込んできて、一杯あおって去っていきました。

スピード感。

 

熊夫さんの幼馴染も、明日の朝には車で16時間運転して東海岸への帰路につくというので、別れを惜しんで飲みました。

病み上がりで本調子でない熊夫さんと、足をぐねっている私。

彼には本当にお世話になりました。

お嫁さん募集中です。

 

あと、「あの人にこう言われたんだけど、あれ差別だよね?」などの答え合わせをしましたが、やっぱり差別でした。

がっでむ。