前回はギーターのイントロダクションを学びました。
イントロダクションでは、ギーターには、何種類ものギーターが存在するという話をしました。
ギーターという言葉の意味は、「歌」です。
いろいろな種類のギーターが、いろいろな聖典の中に入っています。
ギーターと言いますと、大体の場合は、バガヴァッド・ギーターを指します。
バガヴァッド・ギーターはインドでは最も人気のあるギーターであるからです。
インドで、誰かがギーターといった場合には、それはバガヴァッド・ギーターの事を示しています。
ではなぜ、バガヴァッド・ギーターと呼ぶのでしょうか?
それは、このギーターがバガヴァーンによって教えられたものだからです。
そしてこのギーターの主な主題がバガヴァーンについてのものだからです。
では、あなたは「バガヴァーンとはなんだろう?」という疑問が沸いてくる事でしょう。
今、私達はサンスクリット語の勉強もしていますので、
ご説明しましょう。
バガヴァーンには「バガ」と「ヴァーン」という2つの言葉があります。
「ヴァーン」とは、それを持っている人、という意味です。
バガヴァーンとは、「バガを持っている人」という意味になります。
ギヤーナとは、知性のことです。
では、ギヤーナを持っている人はなんと呼ばれるでしょうか。
「ギヤーナヴァーン」といいます。
シャクティとは、力を意味します。
シャクティを持っている人のことはなんというでしょう。
「シャクティヴァーン」です。
時に「シャクティマーン」ということもあります。
ヴァーンもしくはマーンというのは、後ろにつく言葉、接尾語(プラテヤ)です。
ともかくこれは、「それを持っている人」という意味になります。
寿命のことをアーユといいます。
アーユルヴェーダという言葉は寿命から来ています。
長い寿命を持っている人のことを「アーユスマーン」と言います。
ですから、父親は子供達に「アーユスマーンであるように」と祈ります。
言葉の後ろにヴァーンもしくはマーンがついている場合は、それを持っている人という
意味になります。
では、「バガ」の意味とはなんでしょうか?
「バガ」についてはヴィシュヌ・プラーナにとても良いスローカがあります。
その意味の一つは、完全に、全世界の支配者になること、です。
全世界を持っている人のことを示します。
そして絶対的な力、絶対的な富、無執着、名声、そして知識、
これら6つがバガと言われます。
1・アイシュワリヤ=Aisvariya
三界を支配する、三回の持ち主、という意味です。
ではその三界とはなんでしょうか?
「過去、現在、未来」
その他には
「スワルガ、マルティヤ、パーターラ」を示しています。
天国と地上と地獄です。
この三界の君主がバガである、という意味です。
2・ヴィーリヤ(シャクティ)=VIriya(saktI)
それは絶対的な力という意味です。
創造、維持、破壊の力です。
3・ヤシャ=yasa
絶対的な名声、輝きある栄光を表します。
私達が今ここで持っている名声とは、実は神から与えられた小さなものに過ぎません。
しかし私達は神様からもらった小さな光で、自慢したりします。
けれども名声の全ては神に属するものです。
4・シュリヤハ=srIyah(sri)
よく、名前の前にシュリーとつけるものを聞いたことがあるかと思います。
例えば
ギーターでも「シュリー・バガヴァーン~」と言っています。
シュリーはインド人の名前でもよく使われています。
シュリーを持っている人のことを「シュリーマーン」という事もあります。
女性の場合は「シュリーマティ」と呼びます。
インドへ行けば「シュリーマーン」や「シュリーマティ」という人の名をよく
耳にすることでしょう。
シュリーの意味とはなんでしょうか?
それは富のことです。
三界の全ての富を持つ人のことを示します。
私達が持っている富は、わずかなものに過ぎません。
そしてそのわずかな富を自慢します。
5・ギヤーナ=jnana
ギヤーナとは、全ての知識のことです。
私達の知識というのは非常に限られたものです。
私達の限られた知識というものは、限られた知性のよるものです。
以前のクラスでは、神というのは、全能であると言いました。
全知、全能、全ての力を持っている人。
このように、ギヤーナとは全ての知識を表しますが、私達の持っている知識は
非常に限られたものです。
それはヴェーダでは、どのように比較されているでしょうか?
私達の小さな知識、マインドというものは小さなポットのようなものである、
しかし神の知識とは、海のようなものです。
つぼの中の水と、広い大海にあるような水、という風に比べられています。
私達の知識は、限られた知性から取るものですが、それが限られた知性であることから
私達の知識もまた、限られたものになる、ということなのです。
ですから、知識というものを知性ではなく、意識で、取るように心がけてください。
意識によって、知識を得られるようになれれば、無限の知識が得られるでしょう。
皆さんは覚えているでしょうか。
以前、アートマとは私達の意識であると言いました。
アートマには3つの財産があります。
それは「サット・チット・アーナンダ」です。
まずサットとは、真実を表します。
チットは知識、アーナンダは幸福です。
全ての幸福はアートマに属しており、全ての知識もまたアートマに属していて
全ての真実もまた、アートマに属しています。
知性でそれをつかむのではなく、意識でそれをつかむようにしてください。
私達の脳は限られたものであるから、私達の知識もまた限られたものであります。
だから私達はとても不満を感じてしまいます。
勉強すればするほど、私はなにも知らなかった、と思うでしょう。
私達は何冊も本を勉強したのですが、それでも小さな知性であると感じています。
例え人生の終わりがきても、まだ私はなにも知らない、と感じてしまうでしょう。
ソクラテスのお墓には、なにが書かれてあるかご存知でしょうか?
<ここにこの世で一番賢い人が眠っている、けれども彼は「私はなにも知らない」と
言っていました>と墓石に書かれているそうです。
おそらく私達も死を迎える際に、「私はなにも知らない」と感じることでしょう。
なぜなら私達は、知性によって物事を理解しようとするからです。
私達の知性は限られたものであるので、たくさんのものを得る事ができません。
ですから知性によってではなく、感じること、意識によって得るように勤めてください。
そうすれば、あなたの許容範囲も広がることでしょう。
あなたの知性もまた、海のように広がることでしょう。
6・ヴァイラギヤ=VairAgya
それは絶対的な無執着です。神はこの世の中で全てを持っています。
けれども彼はこの世の中でなににも執着していません。
私達はわずかなものしか持っていないのに、そのものに対してすごく執着します。
私達の体に執着し、マインドに執着し、知性に執着しています。
全てを放棄することができれば、ヴァイラーギになることができるのです。