次にナーラーヤナ(nArAyana)という、とてもおもしろい言葉が出てきます。
ナーラーヤナという言葉の意味をご存知でしょうか?
Pさん、ナーラーヤナとはなんでしょう?
私が質問する時というのは、皆さんに真剣に考えて欲しい時に質問しています。
例えば、私の言っていることだけ聞いていても、アートマはあなたに話をしなくなります。
私があなた達に質問すれば、あなた達は自分自身の中で考える事ができます。
「ナーラ」という言葉ですが、「ナ・フリヤテ」、
または「ナ・クシヤテ・イティ・ナーラ」という意味があります。
これは、「変わらないもの」、「壊れないもの」、という意味です。
これはアートマのことでもあります。
アートマというのは、すべてのものに広がっているものです。
アートマはどこにありますか?
TNさんのご意見「全て。」
どこに?
TNさんのご意見「どこにも、ここにも。」
そうですね。アートマはすべてです。
ナーラというのはギヤーナ、知識のことです。
それを知っているものです。それがナーラーヤナです。
また、ナラとは人間のことです。
何をもってして、人を人だと言えるでしょうか?
Pさんのご意見「知性です。」
そうです。
知性があるから、そのもののことを人であると言います。
動物と人の違いはなんでしょうか?
動物には知性がありませんが、人間には知性があります。
それが違いです。
人間のエッセンスは知性のことです。
知性を持っている人というのが、ナーラーヤナであると言っています。
その知識を知っているものがナーラーヤナであると言っています。
では、その知性とは一体なんでしょうか?
KNさん、どうでしょうか?
KNさん発言「知性とは、ブラフマンやアートマンと一緒である事ではないでしょうか。」
それと、ヴィヴェーカ、識別です。
KNさん発言「サッティアとアサッティアがどう違うのかを知っている事。」
そうですね。
良いものと悪いものを区別できる事、何がアートマであるか、何がアートマでないかを
区別できる事です。
これらを区別する事ができれば、あなたはナーラーヤナであると言えます。
人類のエッセンスとは知識の事です。
ナーラは、知識の事です。
皆さんは、ナーラダの事を覚えているでしょうか?
偉大なリシ(聖仙)、ナーラダというのは神の先生です。
なぜナーラダと呼ばれたのでしょう?
ナーラダとは「ナーラン・ダダーティ」という意味です。
ナーラとは知識であり、ギヤーナです。
ナーラダとは、「知識を与える人」の事です。
ナーラーヤナというのは正しい知識を知っている人の事です。
もし、あなたが自分の心を知識でいっぱいにする事ができれば、
あなたはナーラーヤナになれるでしょう。
そして、この知識というものは、ナーラーヤナによって、教えられたものです。
クリシュナがここでアルジュナに、その知識を教えています。
それは、どうやって私達にやってきたのでしょうか。
私達がどうやってその知識を得たのでしょう。
vyAsena grathitAm
それはヴィヤーサによってもたらされたもの、集められたものです。
ヴィヤーサは、それらを集めたという、偉大な功績を成しました。
では、ヴィヤーサとは誰でしょう?
purAnamuninA
Lさん、プラーナムニナとはなんでしょう?
Pさんのご意見「一番古いムニ。」
そうですね。
しかし古いムニならたくさんいます。なぜヴィヤーサだけなのでしょう。
ここでいうプラーナムニナには2つの意味があります。
プラーナムニナというのは、古代の聖人のことです。
しかし、古代にはたくさんの聖人がいました。
ヴィヤーサ一人が聖人だったわけではありません。
プラーナムニナという言葉は、彼が36のプラーナを書いた、という事からきています。
彼はただの聖人ではなく、36ものプラーナを書いた聖人であるのです。
だから私達は彼の本を読んでいます。
さて、彼はギーターをどこに書いたのでしょうか?
madhyemahAbhAratam
この意味は「マハーバーラタの真ん中」という意味です。
彼はギーターをマハーバーラタの中心に書きました。
ギーターというのは、特別な本の事ではありません。
それはマハーバーラタの一部分です。
マハーバーラタという物語は18巻からなっています。
ギーターはその真ん中にあるものです。
18巻のうちの一つに「ビーシュマ・パルヴァン」という巻があります。
(ビーシュマ・パルヴァンは第6巻)
Cさんの質問「ギーターには18章あって、マハーバーラタは18巻ありますが、
18にはどのような意味があるのでしょうか?」
それはまたの機会にお話しましょう(笑)。
ちょっと横道にそれますので、また機会がある時にお話します。
18巻あって、ギーターとはその真ん中に位置するものです。
なぜギーターはその真ん中にあるのでしょう。
それはネックレスのようなものです。
ネックレスは、真ん中に一番高価なものをつけます。
ネックレスというものはその真ん中に一番高価なもの、一番美しいもの、
一番大切なものがかかっています。
そこで彼はギーターを、マハーバーラタにおけるペンダントのようなものだとして、
真ん中に置きました。
では、彼はギーターで何を語っているのでしょうか?
advaitAmrtavarsinIm
アドヴェイタ(advaita)という言葉の意味は、2つとない真実、
つまり一つの真理、2つに分けられない真理、を表しています。
今日は2つとない真実について、何を語ったでしょうか?
Tattvamasi
です。
私はそれである、あなたがそれである、
私と神の間には違いはない、それは一つのものである。
神と同じものが私の中にもある。
それがこのギーターの中で語られています。
アムリタとは、ネクター(甘露)の事です。
このギーターにおいては、アムリタがまるでシャワーのように降り注ぎます。
普通は、ネクターというものの事を語るとき、数滴のものと思っています。
アムリタを一滴飲めば、私達は不老不死を得る、と思っています。
けれどもここでは、シャワーのようにアムリタが振ってくると言っています。
アムリタのお風呂に入っているようなものです。
それこそがギーターの素晴らしさです。
ラーフとケートゥが悪魔である事を覚えていますか?
彼はアムリタの一滴を飲んだだけで、不死の存在になりました。
ヴィシュヌはこの悪魔を、2つに切りました。
けれども、その悪魔は死ぬ事がありませんでした。
それこそがアムリタのパワーです。
ここでは、ギーターはアムリタのシャワーであるといっています。
bhagavatIn
ギーターは神である、と言っています。
astAdasAdhyAyinIm
それには18章あるといっています。
18章で、18のヨーガについて語っています。
これは18通りの真実の探し方を表しています。
あなたはその真理を18のやり方で探す事ができると言っています。
ここでは、まずアルジュナの事を語り、次にクリシュナの事を語り、
そしてヴィヤーサの事を語っています。
visAlabuddhe
ヴィシャーラブッダというのは、広い知識を持った人の事です。
ヴィヤーサは、何百万本もの詩節を書きました。
前回、グル・プールニマーのお祝いに参加した方々は、
インドにおいてのグルが誰であるかという事を学んだかと思います。
私達にとってグルとは、ヴィヤーサの事であると学びました。
もちろん、天上におけるグルというのはブリハスパティです。
グル・ヴァーラ、つまり木曜日はグルの日であると言います。
天におけるグルはブリハスパティですが、私達にとってのグルはヴィヤーサです。
その彼が、何百万もの詩節を書いてくれました。
彼がどうやってマハーバーラタを書いたか覚えていらっしゃいますか?
誰がマハーバーラタを書いたのでしょう?
KNさんの発言「ヴィヤーサが詠唱し、ガネーシャが書きました。」
そうです。彼はガネーシャに頼んで、このマハーバーラタを書いてもらいました。
この18巻もの本を書くのは大変難しい仕事です。
読むだけでも2年かかります。
それを書くには相当な年数がかかってしまいます。
そこでヴィヤーサはガネーシャに頼みました。
「マハーバーラタを私のために書いてくれませんか?」
と。
ガネーシャは巨大な頭を持っていて、巨大な知性を持っています。
彼はとても早く書く事ができます。
しかしガネーシャは、
「私を呼んで、代筆者になれと言うのですか?」
と言いました。また、
「あなたの秘書になれと言うのですか?」
と言いました。
けれども、「いいえ」とは言えません。そこで
「ある条件では書きましょう。」
と言いました。
その条件とはなんでしょうか?
「ヴィヤーサが語るのをやめた時に、私は書くのをやめます。
あなたの口が閉じた時に、私はすぐにここから去って行きます。」
と、ガネーシャは言ったのです。
そう言われると、ヴィヤーサはとても困りました。
彼は考えなくてはなりません。
長時間、話しつづけるには、休憩しなければなりません。
そこで「これは、どうしたものか・・」と考えました。
そして、ヴィヤーサはあることを思いつき、言いました。
「私にも条件があります。あなたが書く時には、
それを全て理解していなければなりません。」
全ての言葉を書く時には、全てを理解していなければならない、
その上で書いてください、と言ったのです。
その結果、ガネーシャは
「では、やりましょう。」
と言いました。
そういうわけで、マハーバーラタには様々なストーリーが含まれていますが、
その物語の中で、突然とても難しいことが入っています。
とてもとても難しくて、わからないような事が入っているのです。
「もともとは単純な話であるはずなのに、どうして突然、哲学的で難しい話が
紛れ込んだのだろう?」と読んでいるうちに戸惑うような内容です。
その時、「これはガネーシャに書き続けさせるために出てきたんだ。」
ということがわかります。
このような難しい内容が出てきて、ガネーシャが考えこんでいる時に、
ヴィヤーサは寝に行ったり食べに行ったりして、休憩を取りました。
そうやって、この偉大な書をヴィヤーサは書きました。
時間がある時には、ぜひマハーバーラタを、部分的でも良いですから読んでみてください。
もし本を手に入れていない人がいたら、すぐに手に入れてください。
この本は、またすぐに、手に入らなくなってしまうでしょう。