バガヴァッド・ギーター7章21節について、ムニンドラ・K・パンダ先生からご教授頂いた内容をご紹介いたします。
(勉強会でノートにとったものをテキスト化したものですので、一部間違いがあるかもしれません)。
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07年6月21日に引き続き、【7章21節】からはじまりました。
信者を作るのは神様の目的ではありません。
神様は独裁者のようにはなりません。
ところで、誰しも、もし神様に出会ったとしたら、まず自分の欲しい物を願うでしょう。
例えば、おばあさんが針の穴に糸を通すために、頑張っているとします.
そこに神様が現れたとしたら、そのおばあさんは「どうか針の穴に糸が通りますように!」
と願うわけです。
このように、私達は自分の思っていることしか、願わないのです。
そして、どんなことを願ったにせよ、
カルマファラ=カルマの果報 に関しては、もらうことができます。
しかしマンゴーの木を植えて、「レモンの木にしてください」、と願ったとしても
それはルール違反なのでレモンの木はもらえないわけです。
私達がもらえるものは、カルマ(行い)の結果でしかありません.
レモンの木が欲しければ、最初からマンゴーの木ではなく、レモンの木を植えるというカルマ(行い)が必要であるのです。
受け取れるものは、カルマ(行い)の結果でしかないのに、
なぜ神様に祈るのでしょう。
このような事から、ミーマンサ哲学を行う人々は、神様の事をあまり気にしません。
否定もしませんが、神様の話をことさらに語ることはしません。
ミーマンサ哲学では、全体としてこのような事を言っています。
「ヴェーダは神より上にある」と。
ところで、カルマの種類を覚えていますか?
KNさんの発言「良いカルマであるプンニャ・カルマと、
悪いカルマであるパーパ・カルマがあります。」
そうですね。
それと大きく分けて3つのカルマがあります。
サンチッタ・カルマ=集めたカルマのことです。全てのカルマが入っています。(蓄積されたカルマ)
アーガミ―・カルマ=未来へ繰り越されるカルマです。
プララブダ・カルマ=今のカルマはこれです。(今生で経験される分である、あらかじめ決められたカルマ)
カルマには欲望も入っています。
思った事と、いった事と、やった事、これがカルマです。
今日お金が欲しいと思ってもすぐには入ってきません。
しかし、10年後に入ってきたりします。なぜでしょう。
これは銀行の定期預金のようなものです。
その時がくるまで待たなければならないのです。
カルマの結果が現れるまでには時間がかかることがあります。それまで待つ事が必要です。
前回もお話しましたが、タヌ(tanum)とは、欲しいと思っている体のことです。
白い肌になりたい、とか、黒い肌になりたい、とか、背が高くなりたい、
あるいはヒーローやヒロインになりたい、など、
自分が欲しいと思っている体のことを指します。
(※自分のなりたい体を得るためには、カルマの結果が訪れるまで待たなければなりません。
自分が体について、こうなりたいと思うその願望の結果は、来世に得られます。
ちなみにジョーティシュでは、私達の今持っている肉体を現す室である1室=ラグナのことを、タヌと表現することがあります。
これは、私達の今持っている肉体は、実は前世の自分が欲しいと思っていた肉体そのものであることを表しています。)
他に体の別名として、「デーハ」や「シャリーラ」があることもお話しました。
デーハとは燃やされるもの、という意味です。
シャリーラとはなくなる事、という意味です。
つまり、この体はなくなるものであることを示しています。
a-calam = 動かない、という意味です。
自分が良いと思っている事は変わらないわけです。
例えば、子供がアイスを欲しがって泣けば、それは与えられます。
「決して与えない」という風に子供を叱っても、もっともっと泣かれればどうでしょう。
ついアイスを与えてしまうのではないでしょうか。
ここで言われている事はそのようなことです。
vidadhamy = 与える、という意味です。
【7章22節】
カーマという言葉が出てきました。
kaman = 欲望(願望)、という意味です。
カーマ、つまり欲望はどこからくると思いますか?
Cさんの発言「インドリアとマナスでしょうか?大元はカーラナ・シャリーラでしょうか?」
カーラナ・シャリーラは言わば欲望が溜まっているところです。
カーマは
1・インドリア
2・マナス
3・ブッディ
というこの3つからきます。
1・のインドリアにくる欲望とはどういったものでしょう。
この場合の欲望は、目、鼻、耳、舌、触覚からやってきます。
良い匂いがしてきました。鼻からカーマがきたのです。
良い音楽が聞こえてきました。耳からカーマがきたのです。
このように五感からカーマはやってきます。
2つ目の、マナスからくる欲望とはどういったものでしょう。
それは好きな人に会いたい、友達に会いたいなどマインド、感情からくるものです。
ここにはなくても、感情がどこかへいってしまう事を表します。
3つ目の、ブッディからくる欲望とはどういったものでしょう。
例えばギーターを勉強したい、というのはブッディにきた欲望になります。
知的な欲望の事を表します。
ヴェーダには欲しい物をどうやったら得られるかが説かれています。
しかし、欲望は最後にはなくならなければなりません。
