バニラアイスを覗き込み


吸い込まれる様にふと、振り返る。


過去の自分について。




変わったなー


ちゃんと成長したなー




って。




大事にしていた食後のデザートを


勝手に食べられたとしても




冷蔵庫を共有できる相手がいることが"幸せ"だと


気付ける前は違っていた。




まして、ごめんと言われるならまだしも


"記憶にございません(°▽°)"と


明らかにシラを切る母親との間に関しては


何度の冷蔵庫攻防戦があったものだったろうか。






学びを深めることで

人生観は二乗倍のように深まる





あの時のわたしは

あれが精一杯だったけどなーなんて思いながら




あんなことで幸せに気付けず


怒ってたんだなーとかって



でも、

当時の手帳や日記などを読むと


なかなかそれなりに良い思考してたりする。(笑)


やるじゃん、わたしの当時の解釈。みたいな





昔から、引かれるほどに記憶力は高いんだけど


過去の自分の思考回路とかは


たまに忘れてたりして自分自身にドキッと


気付かせられることもまぁまぁあったりして




我ながら隅に置けないもので。






さて


記憶はさておき

身体は当然細胞が毎日生まれ変わるわけで。




肉体といっても元を辿れば細胞。


全てが細胞が繋がりあってこの3次元に


存在してる物体現象?の様なもので。





はい、知的欲求スイッチおん。




人間の身体を構成する細胞レベルの組織について。




(笑)

よくよく調べてみると、




どうやら日単位で


私たちの体の細胞は生まれ変わるという


懐かしい、細胞分裂ってやつか〜•••






つまり、ほう?


この指も、皮膚や肉、骨、など


全ては細胞の集まりで


この細胞一つ一つが毎日生まれ変わっていると。





この手は昨日の手とは厳密にいうと違うってことだ





この体もそう。厳密には


全てが新しい細胞で切り替わっているわけで、


細胞レベルで生まれ変わった自分である。




新しい自分。




この前のあの時の自分の体には




今の体を構成してくれてる細胞たちは


まだ居なかったんだ





ふと

私のシナプスは時に不可解なものを連想する



昔からドキッとさせられてたデカルトの言葉




我思う、


故に、我あり


 (Je pense, donc je suis)




でもこの我って、

『わたし』って、





何だ?




身体は生まれ変わる。


でも





父親と母親の間に長女として生まれた『私』



習い事が好きだった『私』



知りたがりで好奇心旺盛な『私』



健康的なやんちゃだった『私』



初めてのバイトで泣いた『私』



それでも諦めなかった『私』



愛犬に出会って人生変わった『私』



初めての就職給料で家族にご馳走した『私』



社会での人の側面をみた『私』



大人も大きな子どもだと知った『私』



大人の涙こそグッとくると知った『私』






『私』






全部、私のはずなのに



身体の細胞は生まれ変わり続けている。

全く•••(気持ち良いため息)






ある日突然


養老先生の講演で答え合わせが叶う





『私』って、記憶なんですよ。