聖なる大地をともにあるこう
——自然とともに生きるということ
今回のスプリングキャンプのテーマは
「聖なる大地をともにあるこう」。
アメリカ大陸の先住民、ネイティブ・アメリカンの
シアトル酋長のスピーチがもとになっている言葉だそうです。
自然豊かなラボランドで、このテーマを感じ、体を動かし、
きっと教室の中だけでは得られない、
大切な経験を手にしたのではないか——
そんなことを思っています。
私は今回、キャンプには参加しませんでした。
けれど、子どもたちと一緒にこのテーマについて調べていく中で、
忘れてしまわないように、
ここに書き留めておこうと思います。
私は、なぜか昔から
ネイティブ・アメリカンに惹かれてきました。
最初の記憶は、日本の幼稚園で歌った
「Ten Little Indians」という歌です。
意味もよく分からないまま、
ただ元気に歌っていました。
当時は何も疑問に思いませんでしたが、大人になってから、
時代とともに、言葉や表現に対する感じ方が変わっていくこと。
それもまた、大切な学びの一つだと感じています。
また、子どもの頃に親しんだ物語、
ピーターパンにも、インディアンの酋長の娘、
タイガーリリーが登場します。
多くを語らず、
どこか誇り高く、
凛とした姿がとても印象的で、
幼いながらに憧れの気持ちを抱いていたのを覚えています。
そもそも「インディアン」という呼び名は、
コロンブスがアメリカ大陸に到達したとき、
そこをインドだと勘違いしたことから始まったそうです。
本来そこに暮らしていた人々は、
この大地とともに生きてきた
最初の住民でした。
けれど歴史の中で、
彼らは土地を追われ、
暮らしを奪われ、
長い間、苦しみを背負ってきました。
関連する本を何冊も読み進めるうちに、
その現実の重さに触れ、深く考えさせられました。
私がカリフォルニアに住んでいた頃、初めて
「ネイティブ・アメリカン居住地
(インディアン・リザベーション)」
という場所を知った出来事があります。
グランドキャニオンへ向かうハイウェイを、友人とゆっくり、
突然、警察に止められました。
理由を聞くと、
そこはネイティブ・アメリカン居住地であり、
道路の規則も他とは違う、というのです。
法律やルールが違うことに驚き、
突然の違反切符と罰金に納得しきれない気持ちもありました。
けれどその出来事をきっかけに、
ネイティブ・アメリカンがたどってきた
歴史の一端を知ることになりました。
それでも、カリフォルニアからアリゾナ、
何万年もの時間をかけて刻まれたキャニオン
どこまでも広がる赤土の荒野
その景色を前にすると、
言葉では説明できない
深い感覚に包まれます。
人間は、
自然の外に生きているのではなく、
自然の中に生かされている存在なのだと。
ネイティブ・アメリカンの人々は、
土地を「所有するもの」ではなく、
「借りているもの」だと考えてきました。
水も、動物も、植物も、
すべては命であり、
共に生きる存在。
その感覚は、
とてもシンプルでありながら、
現代を生きる私たちが
忘れかけているもののようにも思います。
子どもたちは、
自然の中に身を置くと、
とても素直になります。
土に触れ、
風を感じ、
空を見上げ、
仲間と笑い合う。
そして、
物語を語り、
ことばを交わし、
心を通わせていく。
ラボの活動の中で大切にしているのは、
知識を覚えることだけではなく、
ことばを通して世界に出会い、
仲間とともに感じ、
異なる文化や歴史に心を寄せること。
その一つひとつが、
子どもたちの中に
「人とともに生きていく力」を
静かに育てていくのだと感じています。
今回のテーマを通して、
私の中に残ったのは、
とても静かで、とても確かな感覚でした。
「すべては、つながっている。」
自然も、人も、
遠い国の歴史も、
そして、目の前にいる仲間も。
だからこそ、
日々の暮らしの中で、
小さなことを大切にしながら、
丁寧に生きていきたい。
あの広大な大地を駆け巡り、
自然とともに生きてきた
ネイティブ・アメリカンの人々の叡智。
その存在に、
ただただ、深い敬意の念を送りたいと思います。
そして私自身も、
遠くの理想を語る前に、
目の前のことを、
ひとつずつ、丁寧に。
子どもたちの成長をともに見守ってくださる保護者の皆さまと、
子どもたちとともに、
この大地の上を歩みながら、
これからも学び続けていきたいと思っています。


