神刀流由来解説
神刀流剣武術は、開祖日比野雷風が、明治23年に奏しされたものです。
その頃は明治維新の後で、西洋文化を直輸入していた時代であり、武道などはかえりみる者も居なかったのでした。
開祖雷風はこれを非常に残念に思って一人剣を持って立ち、ついに一派を開いて神刀流と名付けて撃剣(当時剣道のことを剣術、撃剣と呼んでいた)を指導していました。
しかしこの多忙な時代に、幽遠なる剣道の奥義を体得することを学ぶ人々にとって容易なことではなく、何か時代に適応した奥義を極める近道はないかと苦心を重ねて居られ、
明治22年12月に帝国大学に於いて剣道の試合があり、その際皇太子お付き武官の杉山直弥大佐がその撃剣を見て、臨席にいた開祖雷風に、むかし、中国に於いて剣武を剣法の奥義としてあった。
すなわち詩を吟じ、士気を鼓舞し、剣を振って決死の勇を起こして敵中に切り込む。
この剣武から始めて剣法が生まれたということであるが、我が国でも国民の士気掲揚のため、武士道精神の普及に力を貸して欲しいと頼まれ、
開祖雷風も深く感ずるところがあってこれを研究しようと意を決し、漢学者の文学博士、重野安澤先生をたずね、この話をして意見を述べたところ、
博士も非常に喜ばれて大いに我が国の国粋たる武士道を教え普及させるため犠牲的な覚悟をもって慣性に勤めるべき勧められ、
これに力を得てあみ出したのが、日本古来の剣術、居合術、柔術の三法に舞いの要素を取り入れ幻術的色彩を加えて完成したのが神刀流剣武術として出来たものですから、神刀流では剣舞といわず剣武と申しております。
現在の神刀流は剣武術、居合術、居合抜刀術、詩舞道、吟詠道からなり、国内、海外にて活動しています。
神刀流紹介文より
神刀流神城館 中村正城師範 詠日本刀・源光圀
神刀流神城館 中村正城師範 詠日本刀・源光圀

まあ、、、難しいことは解りましぇん。。
老ドンは、明治時代に一人の剣術士が剣術流布のためにあみ出した剣術の一つの方法と理解しています。
その後開祖雷風は全国を回り剣武普及に努め、現在では全国各地に多数剣武・剣舞の流派が存在します。
老ドンの知る限り、、ですが、
他の流派の剣舞が舞いの要素が強いのに比べ、神刀流の剣武は、
「どたん! ばたん! おりゃ~~! えいっ! や~~っ! とお~~~~!!!」
足を床にドッカ~~~ッ! 手のひらで床を ビッタ~~~ン!!
4行詩(1分半程度の演目)でも汗が どっか~~~~!!! と出てくるし、息もあがります。
剣舞いとはひと味違ったモノのように思えます。 って単なる年寄りかぁ~?
今気になっているのは会津藩の白虎隊、
偶々、、新館長から「白虎隊を覚えて皆で演舞ろう」って言われているけど、、
白虎隊ちゅうのは、いやいや、、白虎隊(演舞)は、演舞者・観客・舞台、演舞精神、、
どれをとっても老ドンの知る剣武とは違う次元のもの、、
で、どれ一つとしてないがしろに出来ないもの、、と思っているんで反抗してます。
余談で、、老ドンは叔父の影響もあって、中坊の時すでに剣道初段を頂きました。
でんも、、それ以来剣道とは距離をおいてますが、、、、
でんも、、それ以来剣道とは距離をおいてますが、、、、
(^^; ブヒ~~~~~~ッ
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