前回の続き&去年の参拝を思い出して書いています


「難波神社ならすぐそこですよ」

と通りすがりのサラリーマンは教えてくれたが、わたしは道に迷い、ふつうならせいぜい2、3分であろう坐摩神社からの道のりを、ぐったりするほどぐるぐるまわった。


それでもなんとか辿り着き、やれやれと思ったら、境内、お昼休みのサラリーマンに溢れて、タバコの煙がもうもうと充満している。


えええっっ!ここ、神社よね⁉ゲホゲホ


しばし引きに引いたものの、帰るのでなければ、気を取り直すしかない。

タバコの煙ぐらいでどうこう言ってたら、大阪の真ん中で神社なんか、やってられないんだろうな。清濁あわせ呑んでこそ大阪の神。

わたしも他人のタバコのことなどほっといて、しっかりお参りさせてもらおう♪


というわけで、階段上がって本殿ヘ。


ご祭神は仁徳天皇とスサノオノミコト。建立は仁徳帝の第三皇子、反正天皇である。


変転の多い神社で、はじまりは、反正帝が宮をひらいた松原市にあったが、平安時代中頃になって天王寺に遷座。


さらに慶長年間、秀吉の命で現社地に移ってくるも、大阪夏の陣で、家康方に境内地の9割を没収されている。


昭和に入って空襲で全焼する憂き目に遭い、ようやく再建されたのは、昭和49年だというから、さぞやご苦労も多かったことだろう。



境内入ってすぐに大きなクスノキがあって、圧倒される。樹齢400年というから、ざっと秀吉のころからある計算になるだろうか。

このクスノキには、触ると元気が出るいわれがあるらしい。

なんせ秀吉の時代からここにあり、大阪大空襲を生き残った奇跡の樹だ。

「なんか、見てたら勇気もらえるねん」

「そうそう、元気出る」

そういう声が集まって、触れるようになったの「かも」しれない。

ご神木に触れてよいというのは、なんとも太っ腹なはからいだ。

タバコにせよ、ご神木にせよ、ここはやっぱりおおらかな神社さんなのだなぁと思った。


わたしはタバコの煙が苦手なので、早めに退散したけれど、都心でがんばるサラリーマンには、ちょっとしたオアシスなんだろう。

境内のベンチで、老若男女が、お弁当を食べたり、おしゃべりしたり、思い思いに過ごしている。


神社も樹も、それぞれの土地の色に染まりながら、わたしたちと同じく懸命に、その境涯を生き抜いているんだなあ……。

そんなことを思って、来た時より少しだけ親しみの増した目で、境内を眺めた。


ちなみに朝、「なんば神社」と浮かんで胸騒ぎがした理由は、結局わからずじまいである。

だけど、それでよい。

お参り出来てよかった♪その気持ちにまさる答えなんて、ない気がする。





あ。大事なことを忘れてた。抹社に我が殿、楠木正成が祀られていたんだったっっっ

(グラサン忘れすぎ