石切さんに行ってきた。
兄がガンになり、お百度を踏みたいという母と一緒に、一昨年から何度も参拝した神社だ。
残念ながら、兄は去年の秋に亡くなってしまったが、護っていただいたお礼と報告に、伺った。
いつ行っても、こちらの参道は、お百度参りの人で溢れかえっている。
ましてやお正月明けのこと、何が何やら、もう目のまわるような人出だった。(若干盛ってます)
それでも神社は澄み切った清浄な気を保っていて、さすがは「石切」、岩をも斬り通す、と謳われる、その霊威のほどがうかがえる。
ピカーン‼という感じなんである。
ご祭神は、ニギハヤヒノミコトとその御子、ウマシマデノミコト。
物部氏の一流、穂積氏が、祖先神である上記2神を祀ったのが始まりだそうだ。
ちなみに、お土産物屋とオバチャンで賑わう参道商店街を抜け、坂をずーーーーーーっと上がったところに上ノ社があるが、そちらの方は、山の気立ち込めひっそり涼やか、両社の雰囲気が全く違うのは、行ってみてのおたのしみ。
神武天皇の時代にまず上ノ社が、下のイワユル「石切さん」(ご本社)は、崇神天皇の御代に祀られた。
大きなご神木が、ホッとする。
こちらの境内は、とにかくお百度参りの人が多く、通常の神社のように、ゆっくり気を養うことを期待してゆくと、肩透かしをくらう。(私見)
けれども、この大楠のそばだけは、まるで別の時間が流れているように思われる。
わたしは、母がお百度を踏み終えるのを、よくこの木の下で待ったものだが、ここにいると、時間も場の喧騒も、いつの間にか忘れてしまえるのが不思議だった。生命の持つ力なのだろう。