先日、湊川神社に行った時のこと。
また発作






境内の、楠木正成の戦没地で、ぼんやりミカン(木)を眺めていると、アタマの中がにわかに
「まさすえ、まさすえ」
と、騒がしくなった。
正季(まさすえ)というのは、楠木正成の弟の名前だ。
彼は正成の右腕であり、湊川では、共に刺し違えて死んだと伝わるほど、絆の深い存在だった。
けれどわたしは正直、正季氏には
⚪筋骨たくましい武闘派の戦闘隊長
⚪弟
というイメージ以上の興味は持っていなかった。
そもそも、資料がほとんどなく、どんな人かも、よくわからないんである
しかし、アタマの中は、突然始まった謎の正季コール。
帰ってざっと調べてみると、知った話ばかりではあったが、なかに一点だけ、強くひっかかるところがあり、想像を膨らませるうちに、彼に対するわたしの印象は、ずいぶん変わることになった。
それについては、くだらぬ感傷だから書かない。
が、正季(まさすえ)氏が活躍したという「上赤坂城の戦い」について、太平記などにあたるうち、わたしはだんだん、この城にのぼりたくなってきたんである。
上赤坂城は、山城だ。
城郭は残っていないので、城にのぼるといっても、城跡を訪ねる「登山」をするわけだが
山といえば、つい先日、飯森山に登ったばかり。
正直、めんどくさいという気も、しないでもなかった。
それに、体力面もさることながら、知らない山に登るのは、やっぱりちょっと、怖い。
やめようと思った。
夜になると、雨も降り出した。
迷った。
が。やっぱり登ってしまった
翌朝、わたしは、上赤坂城のある、大阪・河内の千早赤阪村にいた。楠木正成の生まれた村である。
上赤坂城趾 登山口。不思議な雰囲気に撮れた
~つづく~


