飯森山、という生駒山系の山に登った。

お目当ては、山頂に立つという、楠木正行(まさつら)の像だったのだけど、この山で、わたしは銅像よりも、ずっとうれしい出会いをした。


山頂付近に標識を見つけて、その指す方へ行ってみると、静かにたたずむお寺があったのだ。


楠公寺。



まず目に入ったのは、菊水の紋が入った供養塔。

楠木氏 有縁無縁之諸々霊位報恩塔、とある。


ご由緒を読めば、ここは、四條畷の合戦で亡くなった、楠木氏ゆかりの人々の菩提を弔う寺なのだった。

こんな大事なお寺が、人知れぬ山深くにあるなんて。

思わず息をのんだ。


山頂からの眺め

飯森山は、麓に楠木正行(まさつら)を祀る四條畷神社を擁し、その山頂には、彼の銅像が、街を見はるかすかに建っている。

すっかり、正行ゆかりの地、という様相だが、ここは実は、敵将・高師直(こうのもろなお)の副陣があったと伝わる場所。


正行は、飯森山に潜んでいた師直の軍に、後続の部隊との連携を断たれ、
少ない手勢で、野崎(野崎観音)の辺りに置かれた敵の本陣へと、猛攻をかける。


一度は師直に迫り、首を討ち取るところまでゆくものの、
危険を感じた師直は、すでに逃げた後。首はなんと、影武者のものだった。


大きな落胆から立ち上がり、再び猛然と敵陣に迫る正行だったが、ついには、からだに何十本もの矢を受けて、亡くなってしまう。


四條畷は、楠木正行最期の地だが、その悲劇の始まりこそ、飯森山なのだった。



わたしはこの話を全て知っていたわけではなく、特に、飯森山と、合戦の詳細については、帰宅して調べるまで、ほぼ無知だったと言ってよい。

けれど感じるものはあり、四條畷神社に来ると、正行や、名の知れた武将だけでなく、亡くなった皆に祈りかける気持ちが沸き上がるのを感じていた。

わたしはいつも、山に心を響かせるように祈っていた。

こじつけかもしれない。

古戦場に、供養のための寺があるのも、当然といえば当然だ。


でも、山奥で、偶然、楠木の供養塔を見つけた時、あの祈りは、この塔との呼応であったように、わたしには思えたのだ。


長らく探し求めていたものを見つけたような、不思議な安堵と懐かしさで、静かに涙が流れた。




楠木氏は、湊川と四條畷という、南北朝の大きな戦いで、ほぼ断絶する。

けれどもそれは、この世の姿を失っただけで、存在が消えてなくなったわけではなかった。

彼らは、生死を超えて、今も在り続けている。

人に知られぬ供養塔は、その事を黙って語っているように思えた。

寺では今も、毎月の法要が行われているという。

規模については知らないが、たった一人であれ、思いを有する者がそこにいる、ということの、なんと大きな力だろうか。

わたしもそうありたい、と思った。

派手なことは、誰かがやればよい。

わたしはただ淡々と、楠木氏に心を注ぎ続ける。

うまく撮れなかった正行像