この日は、ほんとっにいろいろ起きたお参りでね
本殿のお鏡は、かげろうのようにゆらゆらしていたし(
不思議~
手を合わせると、からだに燃え立つような熱が満ち、前触れもなく、涙があふれた。
ご祈祷されているのを見せてもらった時は、場に、初めて、祈りを受けている「神様」を感じ(あ。見えたりはしません)
他には、意味のカタマりみたいなのが、ボンっとやって来て、瞬時にわかってしまうとか
おい、どうしたわたし。
気は確かか
って戸惑うぐらい、冴えてたもよう
湊川神社、何のサービスですか
❔
って、思わず聞きたくなっちゃった。
他人から見ると、スピリチュアルな感動や気づき、「サイン」のポイントって、どうでもいいことばっかりで、時にこじつけのようにしか見えない。
だから、そういう話を、おおっぴらにするのは、何となく気恥ずかしさがある。
でも、ほんとうは、逆かもしれないよね。
自分にとって「だけ」有る意味だから、わたしたちは感動し、対象との絆を感じるのだ。
人は本来、そうやって自分だけの閉じられた喜びや悲しみを生きている。
見えない存在とだって、関係の育み方は、おんなじかもしれないなって思ったのだ。
誰にも言わなくていい。
ただ、まじわりあった喜びを、自分の中で、大切にあたため、育てていけば、それが彼らとの関係と絆の強さになるんじゃないのかなってね。
さて。
この日は狛さんたちに、お土産を持ってきていた
湊川の狛さんたちは、みんな大きいので、お供えしやすい天満宮の牛子氏のところに置かせてもらう。
本日のお土産は……
グミ。
わたしが食べたかっただけなんだけど
←それはお土産というのか
すっぱー
正成さんの戦没地に、ミカンがなってたよ
ちなみにこっちは北野天満宮のミカン(きんかん?)
増えるミカンコレクション
ほんとうに心暖まるお参りになった
このあとは、海神社へ行く。








