25日は、正成さんの月命日。
















湊川神社に、月次祭に行って来た

←いつの話💦
初めて湊川神社に来た時、わたしは正成さんのことを何も知らなかったので、この神社の放っている輝きは、そのまんま、祭神・楠木正成の輝きだった。
どういうわけだか、瞬時に彼を好きになり
本を読めば、その活躍に、胸のすくような痛快感を覚えた。
けれどもこの頃、彼に、むしろひとりの人間としての深いかなしみを感じることがある。
夢を見、夢が成り、成ったその夢が、ひとつひとつ潰えていく苦い現実を、彼はつぶさに見なければならなかった。
正成さんは、後醍醐天皇の「革命」に理想を賭けたけど、その政治の失敗で、世の中は、良くなるどころか、ますます乱れたのだ。
彼の一生は、輝きのぶんだけ、大きな挫折の痛みを抱えているように、わたしには思える。
夢が成ってから死ぬまでの、謂わば「影」の正成さんを知りたい、と思う。
あ。基本、正成さんは、おおらかで明るい人だったと思っています
カッコいい、すっごーいと、死後までもてはやしておくのが、男性に対する礼節なのかもしれないけど(笑)
勇猛果敢に太刀をふるう英雄・楠木正成よりも、
深いかなしみを胸に秘めながら、自分の人生に「節」を通した静かな強さに、わたしは、より強くひかれるものがある。
というより、知りたい。
死んでいくまでの彼の秘めたる思い、見た風景を、わたしも追い、見つめたい。
英雄ではない、ふつうの人間としての、楠木正成に出会っていきたいのだ。
……とても怖い気がするけれど。
どんよりしたお天気のせいか、生理前のいろいろのせいか、月次祭の間、そんな妙な高ぶりと緊張が吹き荒れて、心をしずめるのが難儀であったよ。
湊川神社が建っているのは、楠木正成の戦没地。
当たり前のように来ていたけれど、ハッと気づいてみれば、ここは彼の墓なのだった。
込み上げる思いをぐっとこらえて祈る。
もっとまっすぐに、まっさらに、正成さんと出会っていけますように。
心がさめているような、熱いような、へんな渦を感じた月次祭。神前に、ちょっと照れくさいわたしを味わう。
えへへ。
湊川神社すぐそばの、出雲大社神戸分祠にも、お参りに。
正成から徒歩5分
この至近距離に大国主さまが、しっかりいるところが笑える。
どこまでも注がれる父の眼差し
お雛様がお迎えしてくれた
←
うちは今年も、出しそびれ
湊川神社に戻り、しばらくベンチで休んでいたら、ご祈祷の奉納が、もう、ひっきりなし。
正成さんの信頼感って絶大なんだなあ
改めて惚れ直した。
やっぱり、カッコいい正成さんも好き。
いいお参りだった





