最後はいよいよ? 御首塚に向かう
「たとえ首だけとなっても、会いたいだろう」



わたしは末永く、ぽよぽよ暮らしたい
観心寺には、楠木正成の首塚と伝わる場所があるのだ。
そう言って、足利尊氏が、ていねいに包んだ正成さんの首を、ご家族のもとに届けた……という話は知っていたけれど、
首が送られたのが観心寺、というのは、初耳だった。
←
首が届くとか、何気に怖い話だ
尊氏にしても、楠木正成ほどの人を、みすみす死なせるのは、さぞや無念だったのだろうな。
二人はお互いに一目置きあっていたというし、
彼ら時代の二代巨頭は、決して自分の私利私欲のために争っていたのではないのだよね。
ただ、尊氏の思いはどうあれ、家族にとって、愛する人の死は、とても受け入れられるものではなく…
変わり果てた父の姿を見た、幼い正行さん(11才)は、形見の刀で腹を切って、後を追おうとしたそうだ。
異変に気づいた母の機転で、事なきを得たけれど、この時、母・久子が息子に駆け寄り、かけた言葉が、また、強烈。
「楠木正成の子ともあろう者が、この程度のことで血迷うとは、何事かっ!」
この時から、正行さんは、楠木家の棟梁として、知謀を鍛え、武芸を磨き、国の平和と南朝の復権のため、持てる力を一心に注ぎ込んで、自己鍛練に励んだという。
いろいろが壮絶な時代だ……(‐人‐)
さて。
もっと暗い感じに想像していたんだけど、実際は、明るくひろびろと祀られていて、とてもきれいだった。
👻正成さんの首塚👻
周囲の風景とも馴染んでいて、首塚という、おどろおどろしい存在が「ふつうにそこにある感じ」に、お寺さんの、正成さんへの思いがみえる気がしたな

来る前は、しっかりお参りする心づもりだったのだけど、いざ来て、手を合わせてみたら、肩の力がふっと、ぬけた。
ここで神妙な顔して手を合わせるまでもなく、あちこちで、そして日常的に、わたしは彼に祈りかけてきたのだよね。
正成さんは、思っている以上に、わたしの日々と心に深く入り込んでいた……
その事に気がついた時、なあんだ、いつも一緒だったのかって、降参するみたいな、くすぐったい気持ちになったのだった。
山の方からまわれそうなので、首塚のそばに行く。
観心寺は、幼き日の楠木正成が、学問に励んだ場所。
正成さん、子供の頃すごしたこの場所に、最後はまた、帰ってきたんだな。
山の中をわたっていった、ひろびろとした風を忘れない。
首塚のそばに立ちながら、わたしには、静かに満ち足りた気持ちしかなかった。
正成~っっ♥♥♥
おしまい









