阿倍野神社に行きました。(去年の12月5日参拝)
こちら、建武中興15社のひとつで、南北朝時代の公家で武将の、北畠顕家卿(きたばたけ あきいえ)が祀られています。
顕家は、南朝に尽くしました
顕家卿のことは、
北方謙三氏の小説「楠木正成」の中の登場人物としてしか知らない(よって、ほとんど知らない)のだけれど
わたしの中では、文武に優れた風のように颯爽とした若武者、という、妙に鮮烈なイメージがあって、
討ち死にされたということを、この朝初めて知り、矢も盾もたまらぬ気持ちで、阿倍野神社に駆けつけたのでした。(去年の話)
駆けつけるったって、もう700年近くも前に終わった話で、今さら遅きに失しているのだけど(笑)、
ショックって、余裕で時間を超えるのな
知った時、同級生の訃報に接したかの衝撃で、しばらく口も聞けずに、立ち尽くしておりましたよ。
←小説の中では死んでいなかったのだ(・c_・。)
阿倍野神社
建武中興15社 明治15年創建(12月5日参拝)
足利との古戦場に建っているそうです(‐人‐)
ご本殿は、工事中だったので、写真は遠慮しました
今でこそ、当時のめぼしい人たちの散り際について、通りいっぺんのことは知っているけど、この頃は、ホンっトに何も知らなくて。
(そもそもわたしは、歴史に興味があって南北朝にたどり着いたのではない。湊川神社から南朝を追っているだけ)
少しでも親近感を抱いていた人たちが、あの人も、この人も、討ち死に……とか、幽閉された上に首を……とか、不意打ちのように知ることになると、
自分には何の関係もないこととわかっていても、やっぱり、ショックなのと、悔しいのと、切ないのと、腹立たしいのとで、いちいち、身がよじれるぐらい、激しく泣いていた。
でも、お参りすると、不思議と気持ちはスーッとなるのだよね。
結局、昔の人たちを史跡に訪ねながら、自分の中の何かを、彼らに成仏させてもらってるんだと思ってる。
わたしが生きていく中で、煮凝らせていった、悔しさとか、悲しさとか、報われない思いとかを、彼らの生涯に投影しながら、浄化しているんだ……ってね。
(‐人‐)
見て見て
こんな歌まで作ってくれてる人がいるっ
ああ、忘るまじ……
。・(つд`。)・。
(わたしも心に刻む)
今日は、わたしのどーでもいい話を書いたために、顕家のことを、ぜんぜん書けなかった
わかりづらい話ですみませーん



