千早城の戦い、と呼ばれる合戦があります。
どーでもいい情報
←経験者は語る。
鎌倉幕府の崩壊を事実上決定付けたと言われる、楠木正成、一世一代の?戦いです。
この戦いで、正成さんと、楠木の一党は、千早城に籠り、襲いかかる幕府の大軍を相手に奮戦するのですが……
はい。ちょっと書いてみますよ(@_@)
最初の3行で充分、といわれる方は、飛ばして下さいね
このころ
腐敗した政治への不満が、すでに世に渦巻いてはいたものの、幕府の壁は、壊すには、まだまだ大きく
後醍醐天皇が、倒幕を呼びかけても、応じる者は、ありませんでした。
しかしそこに、楠木正成が現れます

彼は、後醍醐天皇にいち早く呼応すると、緒戦を戦い、地元・河内の千早城に立てこもって、攻めかかってきた幕府の大軍を、迎え撃ちます。
幕府軍100万。対する楠木軍1000。
圧倒的な兵力差、不利な状況での戦いでした。
が、楠木軍は、正成さんの、めくるめく知略により、幕府軍を圧倒。
見事に城を守り抜き、倒幕の気運を高めます。
やがて、この善戦に触発され、各地で徐々に倒幕の狼煙が上がり始めると、
戦況に乗じた足利尊氏ら、武家勢力も、幕府に反旗を翻し、鎌倉幕府が崩壊。後醍醐天皇による親政が始まる……というのが、ざっくりした流れなのですが……
なんか、いつにも増して、うまいこと書けなかった気がするわ
はぁ~~。。。
まっ。とにかくっ。
楠木正成は、この「千早城」で、
自分が皆の盾になって戦いながら、民心にあった倒幕への思いに着火し、ついでに鎌倉幕府も、ほぼほぼ一人で片付けちゃった
んだと、そういうふうに、わたしは、理解しています。
で、これは、声を大にして言いたいんだけど、正成さんの戦いは、いつだって、自分が勝つための「争い」ではなかったんだよね。
楠木正成は、ただ強いだけの武将ではないんですよー。
よーし、わたしも、もっと勉強するっ
さて。
そんな千早城の戦いの折、正成さんが、念持仏として身近に置いていた毘沙門天像があります。
納められているのは、なんと❗住吉大社近くの小さなお寺(すみよっさーん
こちらには、その毘沙門天が、ご本尊としてお祀りされているんですって
天王山東福寺
こじんまりした境内は、お花や植木もあって、ホッコリ。毘沙門天を祀るお寺だけに、虎さんもいます。
いや、これは…
猫❔
本堂。
この奥に、正成さんの祈りを受けてきた毘沙門天が!
・
・
・
と、いわれても、ガッチリ扉が閉まっていて、見えないけど…
おん べいしらまんだやそわか
毘沙門天の真言
これを7回ないしは21回唱えろとのことなので、3回だけ、唱えておきました
こちらは、正真正銘の虎さん。
がおー(`□´) (わたしは猫科の猛獣が好き
正成(まさしげ)さんと言えば、お母さまが、信貴山の毘沙門天に祈願して産まれた子と伝わり、
ご自身もまた、毘沙門天の化身と呼ばれた人ですが、
正成(まさしげ)さんも、この毘沙門天に祈念して、長子・正行(まさつら)さんを授かったとのこと。
で、その正行(まさつら)さんは・・・(* ̄◇)=3緒戦に赴く前に、こちらの毘沙門天に、戦勝を祈願されていたそうですっ
ただし、場所は、当時から移転されているので、え~っ♥ここ、正行さんが踏んだ地面かも~~♥と、騒ぐのは、
大きな
ぬか喜びです。






