こんにちは
今日も暑いね~
早速、昨日の続きですよ
あらすじを書こうと思ったけど、それだと、細かなニュアンスが飛んじゃうので、前回未読の方は、出来れば↓のリブログ先を読んでから戻って来てもらえると幸いです。めんどくさい人は、もちろんそのままどうぞ。読んでもらえるだけで、喜びます
ではでは~
ハッとしました。
自分は悪くなかったんだ…。
目が覚めたように、そう思いました。
ちゃまは、自分が生理中に参拝したから、こんな目にあったのではないかと、一瞬だけ、神さまを疑っていました。
怒鳴ったのは、オッサンだけど、それは、オッサンの口を借りた神さまの怒りではないのかと。
でも、そうじゃない。
「もし仮に」、神さまがオッサンを使ったとしたら、それは、ちゃまを怒るためではなく、
正気に戻すためです。
ちゃまは、理由なくオッサンに怒鳴られ、身をよじるほどの悔しさを味わったけど、
自分もまた、生理中に参拝したという、罪なき罪で、自分を穢れたもののように扱って、無意識に貶めていたのです。
いわれなきことで、なじられ、怒鳴られる悔しさ、それをまざまざと味わった今、罪なき自分をつみびとにするのは、絶対にイヤだという、怒りにも似た思いが、腹の底から沸々と沸き上がってきました。
わたしは悪くない。
何も悪いことはしていない。
たとえ神からであれ、怒られる覚えは、一切ない。
実際もし、神さまが、怒っていたとしても、
それは、生理中に参拝して神さまに失礼を働いたからではなく、
自分自身に失礼を働いたためである気がしました。
「自分に対する礼を欠くな」
神さまが、激しい鞭をふるってまで、教えようとしてくれたことは、それしかないとちゃまには思えたのです。(ほんとは神さま関係ないんだけど、うまく書けないから…
)
ちゃまは、西の参拝所に進み出て、オオクニヌシさまに向かって言いました。
「オオクニヌシさま。
ちゃまは今後、自分に対して礼を欠くようなことはしません。
もう、誰の言いなりにもなりません。
必ず自分で考え、自分の答えを持ちます。
たとえオオクニヌシさまが、ダメだと言っても、
ちゃまは自分が良いと思うことをします。
だから、覚えとけ。
次はほんとうに、生理が大フィーバーしている
ときに来てやるからなっ
」
言いながら、泣き、笑い、
最後はもう、今この世界のすべてに感動して、
涙が止まらなくなりました。
穢れとは、罪悪感である。
アタマにふと、そんな言葉が浮かびました。
罪悪感がなければ、人は、本来の自分として、力強くあれます。
「祓いたまえ清めたまえ」
朝、祓戸で、いつになく入念に唱えたけれど、
今、まるで清々しく生まれ変わったような自分を見ると、
神さまが、オッサンを使って祓ってくれたのは、
ちゃまの中の罪悪感だとしか思えませんでした。
オッサンのことはショックだったけど、
ショッキングな出来事から、気づきのチャンスをくれたオオクニヌシさまを、
ちゃまは、大好きだと思いました。
ちゃまに、大きな大きな愛で、鞭をふるってくれたオオクニヌシさまを、お父様のように感じました。
サインを信じて出雲に来てよかった…(
石破茂氏、いい仕事したな)
出雲には、やっぱり、来るべくして来たんだ…
涙が止まりませんでした。
不思議と誰も来ず、ちゃまは、好きなだけ泣きました。
とても幸せでした。
そして、その日初めての柏手を、辺りに響き渡るような大きな音で、何回も、何回も、打ったのです。
オオクニヌシさま、大好き
(オッサンも、いやな役目を引き受けてくれてありがとうよ。おかげで目が覚めたよ。ちなみに、このオッサンは、二回目に行った出雲大社でもまさかの再登場を果たし、またしても、いい仕事を果たしていくことになる)
~たぶん、おわり~
今日も読んでくれてありがとう
来てくれたみんなに、いいことがありますように
