ここ数日、ちょっと弱っているのは感じていたけど、今朝は、本格的なゲッソリ感で…チーン


お掃除する元気もないので、久しぶりに讃美歌を聞きました流れ星



ちゃまは、心が弱体化すると、讃美歌を聞きます。


子供の頃から、なぜかイエスさまが大好きで、いろいろがしんどくなると、いつも、


イエスさま、イエスさま~えーん


って呼びかけていました。(ちなみに、ちゃまの家は、ほぼ無信心)



実際、不思議なもので、そういう時は、イエスさまがそばにいてくれるのを感じるのだよね。




5年ぐらい前…


どん底とか、絶望とか、そんな言葉が軽く思えるぐらいの真っ暗闇を生きてた時も、やっぱり、イエスさまと、讃美歌が、支えだった気がする。


     菅大臣神社(京都)にて

歌い継がれてきた歌には、ものすごい力がこもってる。



それは、時間というか、歴史の力。




ある歌の歴史とは、その歌を支えにしてきた人間の歴史でもあるわけで、だから歌っていると、今の自分と同じように、讃美歌を歌いながら、いろんな苦しみ、悲しみをしのいできた無数の人たちがいたんだなあって、素直に励まされるのおねがい






で、その人たちって、実はぜんぶ自分なんだよね。


讃美歌には、かつての自分がいる。(あ、過去生とか、そういう話じゃないよ)


よくわからないけど、口ずさむたびに、ちゃまはそう思うのダ。


5年前のあの頃も、讃美歌を歌って、歴史上のたくさんの無名の自分とつながると、結集してきた彼らの力で、また、何とか立ち上がって、ギリギリ息をしていけたなあ…おねがい




主 われを愛す 


主は強ければ 


われ 弱けれど


恐れはあらじ



単純だけど、すごく力強いよねくまクッキー





讃美歌に限らず、最近流行りの万葉集なんかも、やっぱりそう。


和歌には、人の心が詠まれているから、


ああ、おんなじ気持ちだーえーん


って思うと、それだけで、ひとりぼっちじゃなくなるでしょう?


人は、絶対に、一人にはなりようがないんだなって思う真顔


だから、そういう意味でも、讃美歌とか古典って、すごいのダ。



身近な人の安易な励ましを受けたくない時は、死んだ人おばけくんの励ましを力に、がんばってこー👊


ちゃまも、元気出てきたよ🙆


いつも、読んでくれてありがとううさぎクッキー