どうやらまた到来したもよう。
「自分きらい期」。
とにかくやることなすこと気に入らず、殊にも自分の書いたものなんて、怒髪天を衝くゆるせなさ。(どういう表現
おかげでブログも更新できず、先週先々週と、週一更新のルール(?)もコッソリ破って休んじゃった![]()
ま、ルールなんかは、踏み倒しときゃいいんだけど笑、間(ま)をあけてしまうと、次やろうと思った時に、一歩が出にくいタイプであるし、今日は、雲隠れ防止策と生存確認に、いちおう更新。
近頃?よく聞く魅惑の言葉「自分に優しく」。
聞く度に、ああ、わたしは自分に優しくない人の典型だわ、と思う。
たまに人から揶揄を込めて言われたりも、する。「完璧主義だよね」。
だけどさ、ユルくていいところと、絶対譲ってはいけないところって、あるじゃないか。
その境目は自分にしかわからなくて、大事なことをも、なあなあにしちゃったら、それは自分に優しいどころか、ゾンザイに扱ってるのとおんなじになっちゃう……と、思う……のだけど……たしかに自分でも、自分が手に負えないと感じること、しばしばあり。
なんでこんなに、あれにもこれにも考え込んで、道まで塞いでしまうのか。
なんてね、道が塞がるのは、自分が立ち止まっているからに、ほかならないのだ。
行き止まったら、立ち止まってないで、言い訳しないで、そこからさらに歩き出さなきゃならないんだよなあ。
今、書くことも、勉強も、家のことも……何もかもが中途半端で、自分としては、譲りたくないところをいーっぱい譲っていると感じられる。それが許せないための「自分きらい期」。
と、言いたいところだけれど、ほんとはそうではなくて、まだまだ出来るはずの努力(工夫)を、甘えてやらない自分をこそ、許せないんだと思う。
ままならなさを言い訳にして生きるのは、やっぱり苦しい。
心がそう感じるかぎり、人は腐らず努力して、道を探り続けるしかないのだろうな。
人生から逃げて逃げられるものでなし。理想は生きられるためにこそ、あるんだし。
厳しく生きようが、優しく生きようが、自分自身に何の納得もない人生は、空疎よね。
………
って、こんなの、公に言うようなことでもないんだけど(みんな黙ってそうやって生きてるよ)…&何書いてるか、自分でもわからないんだけど笑…立ち止まると、間違いなく引きこもるから、がんばって更新する。
今日も読んでいただきありがとうございました![]()