おはようございます( ˶˙ᵕ˙˶ )☀️
悪性リンパ腫の疑いと告知されたのは、娘からでした。
娘は、看護師で福岡大学病院のHCUに勤務しています。
娘が主治医に、検査結果など大事なことは、先に知らせて欲しい、とお願いしたみたいです。
9月20日頃でしょうか、不意に主人、娘、息子が病室に来たのです。
本当は、面会は2人と決められているのですが、病院側の計らいで3人でも大丈夫ということだったようです。
娘が、淡々と話し始めました。
私の記憶に残っている娘の言葉は…
「ママの病名はまだはっきりしてないけど、
悪性リンパ腫の疑いがあるみたいなの。
もし、悪性リンパ腫と診断されても、治ると信じて治療を受けてくれないかな?」と。
私は、頭が真っ白になり、泣きながら「ママ、何か悪いことしたのかな?毎日頑張って一生懸命に生きてきたのに…」
娘も泣いていました。
「治ると信じて治療を受けてくれないかな?」
この娘の言葉には実は意味があるんです。
10年以上前に私は、突然顔面神経麻痺になったのです。
後遺症が残り、未だ笑顔さえ作れません。
笑うと顔が歪むからです。
何の取り柄もない私ですが、笑顔だけには自信がありました。
もう一生、笑うことすら出来ないと思うと悲しくて…
でも、涙の一滴も出なかったです。
泣きたくても泣けない辛さ。
私から笑顔を奪った顔面麻痺が憎いです。
落ち込む日々。
外出さえしたくない。
人と会うことも嫌でした。
思い切って精神科を受診し、うつ病・パニック障害と診断されました。
挙句の果てには、主人の浮気が発覚。
もう、生きていくのが辛くなり、自死を決めました。
睡眠薬を多量に確保。
家の断捨離。
私の物は、当座に必要な物だけを残し、全て
処分しました。
あれだけ体が動かなかった私が、断捨離している時は、不思議と体が動いてくれたんです。
断捨離したあとは、心がスッキリしたのを今でもはっきり覚えています。
が、2年?程前に、主人が前立腺がんになってしまったのです。
あれだけ、主人を憎んでいた私ですが、何故か
主人をほおっておけなかったんです。
いろいろ考えて、考えて出した結論は…
「生きよう」でした。
今では、生きてて良かったと思っています。
主人の猛省、それを許した自分。
主人との再構築を決めました。
前置きが長くなりましたが、私が癌になって
生きる気力を失くすんじゃないかと、きっと
娘は心配したと思うんです。
一度は死を覚悟した人間なので…
だから、あの言葉が出たんですよね。
娘と話していくうちに【与えられた試練は必ず乗り越えられる】
今の私にピッタリな言葉だと考え、もし悪性リンパ腫と診断されても、頑張ろうと思う自分がいました。
主人、娘、息子が私の手をしっかり握り
「頑張ろう」と言ってくれました。
一ヶ月続いた高熱も、段々平熱に戻り「一旦退院させて下さい」と主治医にお願いし、検査結果を待たずして9月26日に退院しました。
無理をしなければ、普通に生活出来ています。
自宅に戻ってからは、一度も熱は出ていません。
足の赤い発疹も落ち着いています。
そろそろ結果が出る頃ですが、なんか落ち着かないですね😅
気を紛らわせるために、今から換気扇の掃除でもしようかと思っています🥹
何かに集中していれば、いろいろ考えなくてすみますからね(๑ ᴖ ᴑ ᴖ ๑)
長くなりました。
最後まで、読んで頂いてありがとうございました( ⌯'֊'⌯)