就職活動のときに聞かれる質問がとても嫌だった。


「我が社について、どう思いますか?」


この質問をされたら

「ああ、褒められたいのですね」

「愛の言葉を囁かれたいのですね」

って理解していた。


もし答えなければ甘えた声で面接官がダダをこねて言ってくれただろうか。


「え~、ヤダヤダぁ。早く言ってよ〜(キャピキャピ)」

「すぐ返事ができないってことは、あなたからの愛はその程度ってことかな~(グスン)」


みたいな女のコのように愛くるしい感じで。

だったらト・キ・メ・キを受けたかもしれなかった。


「なぜこのスポーツをずっとやってきたのですか?」

「なぜ、それが好きだったのですか?」


「なぜ好きかって?

それについてはさ、感情は理性に先立って発生して、もっとエモーショナルな部分だから、僕たちは本当に好きなものについては言葉が足らなさすぎて説明できないんだよ♡

つまり、言葉では説明できないくらい好きだってことだよ」


と、乙女のハートに突き刺さるようなコトバを連ねたところで無回答を許されただろうか。


就職活動中は、人物を見極める上で何の役にも立たないクソ下らない寝ぼけた質問を繰り返される。


腹の底では「御社は第一志望じゃねーよ自惚れんな」と思っていても、ニコニコ礼儀正しく熱意があると見せかけて、とりあえず「好印象」を目指す。


うん、これが本当に嫌だった。


人は好印象を相手に与えたい時。


いつも以上に自分をよく見せようとして空回りしてしまう。しかし変に大きく出て意味不明なことを口走っても、何も良い事はない。

むしろ窮地に追い込まれて身体中から変な汗が自然と噴き出てきて、次第に不愉快極まりない空間と化してくる。


そう。

そんなことを改めて感じさせてくれる経験があった。


不本意にもこの歳になって……


少し遅くなりましたが後編です。


【前編 学生時代の友達から「今の趣味は何?」と聞かれて格好つけた結果、撃沈した話】


〈前編までのあらすじ〉

もともと距離感が微妙な旧友との久々の再開で、「いまの趣味は何?」「休みの日は何をしてるの?」と聞かれたのである。 


「絶対に仕事できるマン」の姿で登場した同級生に出鼻をくじかれてしまった僕は、これ以上は舐められたくないという思いから悩みに悩んだあげく次の瞬間、自分の口から想像もつかない趣味が飛び出してしまった。


 「ま、映画かな。とくに洋画やね。」

映画……

しかも洋画である。お恥ずかしい話、僕はハリウッドスターの俳優さんの名前なんて全く覚えられないレベルの見識である。


ニコラス・ケイジ、ケビン・コスナー、ウィル・スミス、、、


確かによく聞いたことがある。

だけど何の映画に出ているのか、そして俳優の顔を見たところで全くわからない。


それなのになぜ映画と言ってしまったのか。

何を隠そう一番驚いていたのは僕自身だ。


学生時代の彼は、映画が好きだったと記憶している。「休みの日は何をしてるの?」といった「試されている感」のある質問に、とっさで焦った僕は、映画と言ってしまえば彼のウンチク話の聞き役に徹することができると浅はかな判断をしてしまったのだ。


「え?まじで!?俺も年間100本は見てるよ。Amazonプライムビデオの配信、最近公開されてから早いよね!もう夢中になって一日中観てる時もあるよ!」


彼はこの話が盛り上がると思ったに違いない。目をまん丸にして驚きつつもニコやかな顔になって、そう言った。


あぁ、何かよくわからないが危険な方向に話が進み始めている。


「で、ゆづおは最近何をみたんだ?」


ほれきた。

彼は間違ってはいない。

こんな素朴な質問が、まさか僕をジワジワと追い詰めているとは微塵だに想像しなかったに違いない。


最近観た映画なんて、子どもが借りてきた


『ドラえもん-のび太の恐竜2006』


を観ただけだなんて、

「洋画が趣味」と言い放った僕に対して誰が想像するだろうか。


しかしそんなことをグダグダ考えてる時間はない。この質問には可及的速やかに、具体的には数秒内に何かを答えなきゃいけない。


もう、どうにでもなれ。

いや、どうにかしなきゃいけない。


嘘がバレるかもしれないというリスクを前にして、それをヘッジしようとした自分の口からまたしても恐ろしいコトバが飛び出した。


「あぁ、まぁ過去のものからマイナーものまで、幅広く観てるよ。刑事コロンボとかも改めて観るとあの時代であのクオリティは良いなと思ってるし。」


「全て好き」と回答し、濁したつもりであったが、それは結果的により大きな未曾有のリスクをとる方向に舵をきってしまったのだ。

そしてパッと出てきた唯一の具体的な映画が、刑事コロンボである。


いや、これを映画というべきではないだろう。ボクはあろうことか海外「ドラマ」を口にしてしまったのだ。


「ん?刑事コロンボ………か……ピーターフォークね……」


そうね。分かるよ、その反応。

君の反応は間違っていない。

映画ツウからすれば論外且つ的外れだよね。


しかし、一つだけ確かなことがある。

それは、もうここまで来たからには、絶対に「洋画好きのオレ」から撤退することは出来ないのだ。


絶対にだ。


分からないけどこの先の見えない暗闇を、自分のトーク力を信じて突き進むしかないのだ。


あとは、なにがある。

適当に言う映画すら知らない事実に震え、身体中から変な汗が噴き出している。

必死に洋画を頭の中で探る。


「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

「ジェラシックパーク」

「ハリー・ポッター」


出てくるのはUSJのアトラクションである。

こんなメジャーな映画をここで挙げたら、完全にオレという男が終わることだけは分かっていた。今までこいつがオレに抱いてきたイメージ、そしてオレのプライド。


何もかもが崩れ、そして失ってしまう。


しばしの沈黙が続く。


・・・・


あ、あった。


そうだ、思い出した!


「12人の怒れる男」


昔の先輩が面白いからとDVDを貸してくれた映画だ。


僕は自慢げにタイトルを彼に告げた。


「お!いいね!オレも好き!あの映画は・・・結局あの映画の背景には・・・そして裏話として・・日本で三谷幸喜がパロった映画も・・・」


やった……ぞ。

どうにかなった…か。

僕自身、あまりにも昔すぎて映画の内容は殆ど覚えていない。


しかし、ただただ彼が嬉しそうに語る「12人の怒れる男」のウンチクに僕は一歩も引かず、それっぽい相槌を打ち続け、そしてフワッとしたことを言い続けた。

「あれは強烈なメッセージを残したよね」
「映画という垣根を越えた世界観だよね」
「あいつの荒削りな演技がさ…」

もう途中からは、主演俳優のことを「あいつ」呼ばわりである。僕を救ってくれた映画に主演する彼はすっかりマブダチになっていた。

もはや自分が何について言及しているのか、自分が何を言っているのか、自分自身でも全く理解が出来ない状況が続いた。

さぁ、もう大災害になる前に趣味の話を変えよう。

しかしふと気がついた。
さっきまでの焦りは何だったのだろう。
いつの間にか心が穏やかになっていた。

嵐は去ったのだ。
嵐の前の静けさと言うが、嵐の後の静けさには到底及ばない。
言葉のキャッチボールができるようになると急に昔の同級生と話しているだけの心地よい感覚が生まれ、その後の会話は軽快だった。

彼から別れ際に「楽しかった」と形式的な挨拶を受けたが、顔にはそのように書いていなかった。おそらく物足らなかったのだろう。

実にこの歳にしてほろ苦い経験となった。

外に出て一人になって、自販機で缶ジュースを買い、宿泊ホテルに急いだ。
東京の夜は明るかった。街のきらびやかなイルミネーションに少し感傷的になった。

今日一日、とても大切な教訓を学んだ。

自分に自信がない時。
凄そうな雰囲気の人が質問をしてきた時。
自分は何かを試されているのではないかと感じ、ふと緊張することがある。

そんな時に、変に大きく出て意味不明なことを口走っても、何も良い事はない。やっぱりいついかなる時も背伸びせずに自然体をぶっ放すのが一番いいのだ。

コロナ禍の出張でとても良い教訓を学ぶことができた。