最近、政治家の失策や失言が目立っていますね。

例えば、地震に関連して「運が良かった」と発言したある政治家の話。普通の感覚では、そうした発言はにわかに信じがたいと感じる方も多いのではないでしょうか。


ただ、私はこうも思うのです。

あの場の雰囲気が「即座に何かを言わなければならない」ような空気だったとしたらどうでしょうか?

政治家には往々にして、“沈黙が許されない”ようなインタビューの空気感があります。熟考する余裕もなく、自分の言葉で語ろうとした結果、意図せず誤解を生む表現になってしまうこともあるのではないかと。


私は別にその政治家の支持者でもありませんし、名前をかろうじて知っている程度です。

ただ、「失言」だけで辞任を迫る風潮には疑問を持っています。


アメリカなどでは、元大統領ですら数々の失言をしてきましたが、それで職を追われたわけではありません。

一方、日本では失言=即辞任というパターンが常態化している印象があります。これは果たして、健全な民主主義でしょうか?


本来、政治家を評価すべきはその人の政策と実績のはずです。

メディアが切り取った発言だけで断罪し、辞任を求める空気を作り出してしまっては、政治家は委縮し、本音も戦略も語れなくなってしまいます。


政治とは、本来100年先を見据えた「大戦略」であるべきです。

なのに、失言ごときで辞任させていては、長期的なビジョンなど到底実現できません。


もちろん、失言が全く問題ないとは言いません。

ですが私たち市民は、メディアに煽られるのではなく、その言葉の「裏にある意図や背景」に目を向けるべきではないでしょうか。


政治家は普段、原稿を読むことが多く、自分の言葉で語る機会は限られています。

だからこそ、ふとした瞬間に「人間らしさ」が出てしまうのはある意味当然です。

政治家もまた、人間です。だからこそ、少しだけ寛容になる心も必要だと思います。


政治の本質を見つめることが、私たち有権者にできる“真の政治参加”ではないでしょうか。


本日もお読みいただき、ありがとうございました。