兄貴について書こうと思います。

私には2人の兄貴がいて、
下の兄貴の事を書きます。

私より7つ離れていて、
高校2の時、大阪から大分のおばあちゃんの家に自転車
で行って帰ってきたツワモノ(変態)です^^。


兄貴は高校を卒業したら梅田の美容師の専門学校に行くのに
家を出ていった。
梅田の今にも崩れ落ちそうなおんぼろいアパートだったけど
そんな事よりも梅田の真ん中に住んでいるってのが
かっこいいなーと思った。何をみても新鮮で
立ち食い寿司という場所があるというのも初めてしった。


兄貴は寝坊でよく学校を遅刻してたようで、私に、
1回100円でモーニングコールをする、
という仕事を言い渡した。

そこから、毎日8時30ぐらいになったら℡をする、というのが
小5の私の仕事になった。
たまに℡に出ない時には焦った。


今思えば、小学生の弟に兄貴が自分で稼いだお金で小遣いを
やりたかったんだろうな、と思う。1500円から2000円
ぐらい。わざわざ毎月渡しに帰ってくれたのを覚えてます。


そんな兄貴が、私が中学3の受験の時期に実家に帰ってきた時に
話してくれたことがあります。


それは、


”ビジョンを持つこと” 


ビジョンは明確であればあるほど良くて、そのビジョン
通りに動く自分も想像する事ができればそのビジョンは
現実のものになる。と、いう事を教えてくれた。


どういう風にしてビジョンを持つか。


例えば数学で100点を取りたいと思う。
これはビジョンではない。


・100点に向かってどんな手順を踏むか、

・その手順は実現可能な手段か、

・期日までに達成可能か。

加えて、自分の今の立ち位置から逆算して
その目標に到達可能なのか。

これらがすべてビジョンであり、それがすべてクリアに
なった時に100点は取れたも同然である。

あとはそのビジョン通りに動けばいいだけ。


そんな風な事を、実家に帰ってきた兄貴は私に深夜に及んで説明してくれた。 

今考えたら激熱な夜である。
中学で人生の成功哲学を教わったようなものだった。

私はまだ別に成功したわけではないが、人生の節目や困難が起きた時、いまだにこの激熱な夜の兄貴の話を思い出し、人生を歩いております。 
 
 
 
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