こそだて中の視覚障碍者、きの子です。
私は運動全般が苦手で、学校の体育の授業が大嫌いでした。
運動会も球技大会も、マラソン大会も思い出すだけでブルーな気持ちになります。
「学校に隕石が落ちて、明日の運動会が中止になりますように…」とお祈りをして眠るぐらいつらい行事でした。
ここまで体育嫌いになったのは、もちろん私の運動能力の低さのせいではありますが。
弱視だったことも無関係ではありません。
小・中学時代、私は他の子供たちとほぼ同じ授業内容で体育に参加していました。
配慮としてはフットベースボールのときに内野の守備を免除され、外野でいいよと言われていたぐらいかな。
あとは、先生もクラスメイトたちも「失敗しても、きの子は目が悪いからね」、ドンマイドンマイって感じではありました。
見えなくても頑張ることが大事!頑張れ!
今振り返ると、なんと殺生なー(涙)。
おかげで球技が怖かったこと、怖かったこと。
中でもバスケットボールは最も恐ろしい競技でした。
そもそもボールがオレンジっぽい色なので、体育館の床と同化して見えにくいことはなはだしい。ステルス平気のようなもんです(笑)。
パスが直線的で速いのもあって、よく顔面にもくらってました。
視力もそうですが、視野が欠けているとボールの奇跡が追えないので、球技がすごく難しいんですよね。だからボールを見失い、気づいた時には顔面直撃みたいなことになるんです。
逆に水泳やマラソンは、ある程度の視力があればほとんど支障なく参加できました。
特に水泳は平均ぐらいには泳げたので、唯一楽しい授業でしたね。
この恐ろしい体育授業を6年以上続けてきて、さすがに無理があると気づき始めた私(気づくの遅すぎやろ…)。
高校では直談判して、私用の練習メニューを用意してもらえるようになりました。
球技など必要なときには補助の先生もつけてもらえて、バレーなどはサーブだけで参加、ソフトボールは投げるだけ、など。すごくストレスが減りました。
ただ、成績は5段階の2ぐらいしかつかなかったです。もうちょっと運動神経があれば3はついたかも。
過程かも同じように配慮はあるけど成績は平均以下だったので、内申点で進学しようとしていたら、ちょっときつかったかもしれないですね。
今どきはどんな配慮があって、どういう風に成績をつけるのかな。
補足ですが、大人になってから視覚障碍者バレーや卓球、テニスなど体験したところ。
私の運動音痴はもちろん建材でしたが、少なくとも怖くはなかったし、楽しいと思える瞬間もありました。
球技を楽しいと思える日が来るなんて!目を開かされるような経験でした。
小中学生時代の私に、教えてあげたかったな。
ということで、運動の特異な視覚障害児の子たちには、ぜひとも十分にスポーツを楽しめる環境を用意してあげてほしいですね。