朝日が昇る。それは、新しい年を告げる日の出であった。遠くの山肌が光を反射して鉱石のように光っていた。東のぎざぎざとした地平線から昇る日輪は、たった1日跨いだだけなのにとても新鮮なものに思えた。裸の田園も、点在している住宅も、砥の如し道路もみな新年に染められ、古い年の名残もすべて洗われていくようである。加瀬涼介は病室のカーテンを開くと、その様子を溜息交じりに見た。日の光が静かに差し込み、部屋を清めていくように感じられて妙に清々しい。はあ、と再び感嘆の吐息を漏らして新しい風を受けようと窓を開く。途端にどっと雪崩れ込んでくる寒気。涼介はすうっと大きく息を吸って新しい空気で体を満たそうとした。むろんその匂いも冷たさも乾燥具合もこれまでと大差はないが、いつもよりずっと清浄なもののように感じた。体中が透き通っていくようである。しかし、さすがに寒さに耐えかねて早々に窓を閉める。隙間から忍び込んだ風が昨日親友の持ってきた花を撫でた。春の花々は1夜経ってもいまだに誇らしげに顔を上向けている。それがどこか心強かった。
 昨晩は遅くまで従姉の裕美と居候の清風、それから木佐貫慧と慧の両親とが来て年越しをしていた。さすがに病院で遅くまで騒ぐといけないので、裕美と清風は引き上げてしまったが、木佐貫一家は年が明けるまで傍にいてくれた。取り分け慧は最後まで病室に残ってあれこれ親切にしてくれていた。久しぶりに慧の家族に会えた懐かしさと温かさのおかげで、だれもいなくなったあとでもちっとも心細い気持ちはしなかった。
 それでも涼介は一睡もできなかった。彼自身、環境が変わるとなかなか寝つけない性質である。この前の夜は体が弱っていたため崩れるように眠りに落ちてしまったが、今ではすっかり治って不眠体質も元通りとなってしまった。余所に泊まりに行くと毎晩眠れないのが常で、眠れたとしてもほんのわずかな時間である。修学旅行などで周りが寝静まってしまった中1人起きている侘しさといったらない。裕美の家に移ってきた当初もしばらく寝つくことはできなかった。
 寝つくことができないわりに、しっかり眠くなる。それでも眠れない。そういえば、慧もまた枕が変わると眠ることができないと言っていた。彼が今まで修学旅行に参加しなかったのもそのためであった。しかし、それは本当にそうなのだろうか。思い出してみれば、以前笹森真紀という少女を護衛するためにその邸宅に泊まったことがあったが、そのとき彼は大あくびをしていた。それならばあながち嘘ではないかもしれない。しかし、それが欠席の理由ならば自分も1度も修学旅行なんぞに参加していないだろう。だから、彼が本当にそれを理由に休んでいたとは今となって考えれば簡単に鵜呑みできない。
 花の入った籠を抱え、匂いを嗅ぐ。昨日と同じ優しい春の匂いだ。けれど、せっかく見舞いの品ならば果物を持ってきてくれればいいのに。そんな不満が湧いてくる程度には、彼の心身は元気を取り戻しつつあった。あれだけの傷を負ってからわずかな時間しか経っていないというのに。
 彼は、だんだんと回復が早くなる自分の体に多少の恐怖感を抱いた。いつからこうなのだろうか。思い当たる節といえば、もちろん仮面ライダーシグルズとして戦うようになってからである。初めのほうはここまで体の傷の治りは早くなかった。けれど、考えてみればあのときから変化は始まっていたのかもしれない。
 再びベッドに横になる。白い天井に散らばる黒い斑の1つが、もやもやとした塊になって涼介の目の中に落ちてくるようであった。