太秦(うずまさ)初めて目にした時はなんて読むのか皆目検討つかなかった。この駅を降りて向かったのが…



水戸黄門の撮影で京都の東映だった。格式高い建物でへなちょこ役者なんか近づけないオーラがあった。びびりながら演技事務で名前を言ったのを鮮明に覚えている。



今、久々に太秦に向かっている…悔しい思い出ばかりが心に残っている…そして、ここで育ててもらったのも間違いない…ありがたい。



でもなんでいつも京都の撮影所にいくとき憂鬱なんだろ…こんなことだから悔しい思い出が増えるのだ…わかっちゃいるけど変わらない…




そして昔と一緒…めっちゃ早くに到着する。なぜ?なにをびびってるのか?


漢字が…歴史を感じますね。