今日は、娘が部活から帰って来てから2人で一年前の今日の事を振り返りましたしょぼん

一年前の今日

娘のクラスはインフルエンザで学級閉鎖になりお休みでした。
息子は幼稚園の卒園遠足で葛西の臨海公園へ。
私はその日は浦安の職場でした。

あの日、私は娘を1人実家で留守番させました。

大きい地震に驚き、1人でいる娘の事が心配で仕事を放り出し、スタッフの自転車を借りて実家まで夢中で走りましたた。
道路は人で溢れ、車は渋滞、
前に進みたいのに進めない
途中で何度も余震で揺れ
娘は1人で実家でどうしているのか?
外に避難したのか?
電話が繋がらないのですごく不安でした。

実家のマンションに着いた時、借りた自転車を乗り捨てた記憶があります。
マンションの人達は外に避難してるのに娘の姿は見えませんでした。
部屋に着くと実家の鍵を持っていない事に気付き、ドアを何度も叩き娘の名前を呼びました。
娘の声が聞こえた時、とても安心して身体中が筋肉痛になってる事に気付きました。
その後、娘を自転車に乗せて浦安の職場に戻りました。

私の両親の実家は岩手県宮古市
母は海の近くで育ち
父は山側で育ち
宮古にはたくさんの親戚がいます。
近い身内はみんな無事でしたか、母の同級生、遠い親戚は亡くなってしまった方もたくさんいます。
母も父も私達親子も
あの日から数日、岩手の親戚と連絡が取れず眠れない日々を過ごしました。
母は宮古市の情報が少ない事に苛立ち、父はそんな母に冷たくて
2人ともイライラしていて見ていられませんでした。
親戚と連絡が取れるまで数日かかりました。

母の妹は身体障害で1人で生活をしています。
避難場所にいれば食べ物ももらえたのでしょうけど、家だと1人で恐怖と戦う事しかできなかったようです。
あと、海側の地域のニュースばかりですが、山側の地域も川から水が溢れて大変だったようです。
そして、一年経ってもまだまだ普通の生活をするには難しい事が多いようです。

両親も私達姉弟も子供達も宮古の海が大好きです!

1日も早く普通の生活ができるように私達親子は親戚を助けなければいけません!!

3年生の娘とそう心に決めた日。

また宮古の海を見に行きたいから。

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2009年8月のカメラ