チャコティの副長日誌

チャコティの副長日誌

主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….

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製作年: 2023年 制作国:日本 上映時間:108分


上映は少ないのだけど、映画ブロ友さんの間で
評判の高い作品.つくばシネプレックスまで遠征
して観賞してみた.本年度累積11本目.
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筒井康隆の同名小説を、「桐島、部活やめるってよ」
「騙し絵の牙」の吉田大八監督が映画化..
穏やかな生活を送っていた独居老人の主人公の前に、
ある日「敵」が現れる物語を、モノクロの映像で描いた.

大学教授の職をリタイアし、妻には先立たれ、
祖父の代から続く日本家屋にひとり暮らす、
渡辺儀助77歳.毎朝決まった時間に起床し、
料理は自分でつくり、衣類や使う文房具一つに
至るまでを丹念に扱う.

時には気の置けないわずかな友人と酒を酌み交わし、
教え子を招いてディナーも振る舞う.この生活スタイル
で預貯金があと何年持つかを計算しながら、日常は
平和に過ぎていった.

そんな穏やかな時間を過ごす儀助だったが、
ある日、書斎のパソコンの画面に「敵がやって来る」
と不穏なメッセージが流れてくる.

主人公の儀助役を12年ぶりの映画主演になる
長塚京三が演じるほか、教え子役を瀧内公美、
亡くなった妻役を黒沢あすか、バーで出会った
大学生役を河合優実がそれぞれ演じ、松尾諭、
松尾貴史、カトウシンスケ、中島歩らが脇を固める.

2024年・第37回東京国際映画祭コンペティション
部門に出品され、東京グランプリ/東京都知事賞、
最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀男優賞
(長塚京三)の3冠に輝いた.

以上は《映画.COM》から転載.
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筒井康隆原作、吉田大八監督、前編モノクロ
となると、なにか身構えるような雰囲気に
包まれる作品の感がある.

まず前半は儀助:長塚京三の日常描写、という
より生活習慣の説明が、微に入り細に入り描かれる.
食事のこと、知己や親族のこと、家の間取り、
預貯金、性欲、体調、野菜、諸々….

原作で言葉を尽くして説明されているであろう
儀助の生活上のこだわりが、ほぼ映像表現に
置き換えられいたのだろう.

序盤の、丁寧に暮らす儀助の淡々とした日常
描写は「PERFECT DAYS」を思わせる心地
よいリズムがある.ただし食費は全然違っていて
儀助のエンゲル係数はかなり高い.

物語冒頭から、起床した儀助は米を研ぎ、
電気コンロで鮭を焼く.自ら豆を挽いて食後の
コーヒーを嗜むのがルーティン.

湯島からの土産の手造りハムは、ハムエッグに
して手際よく蒸し焼きにする.たまの晩酌では、
焼酎のお供に焼き鳥を自作する.レバーは血抜きし、
葱間を作って焼き上げる.
 

 

朝食の白米を少し余らせて、塩昆布でサッと
お茶漬けにする手際が美しかった.好物の麺類は、
素麺や冷麺を楽しむ.この冷麺の為に、拘りを
持って買ってきた辛口のキムチが、翌朝痔を
発症する原因となってしまうのだが…(笑).

演じた長塚京三は儀助に近い79歳、パリの
ソルボンヌ大学で学んだ経歴を持つ.
181cmの長身で、足が長くすらりとした立ち姿
がインテリ設定に合う.

長塚京三は更に深い領域まで渡辺儀助という
人物を捉えている事が分かる.それは、フランス
演劇・文学という高尚でインテリジェンスな分野
に人生を費やして来た事から来る傲慢さ.
 

 

妻の信子に注ぎ切れなかった愛情と侮り….
「夫婦揃って貧乏暮らしをするなんて、君は
耐えられなかったはずだから、先に逝って
くれて良かった」と言うセリフや.
フランス文学・演劇を専門としながら、
一度たりともフランス旅行に行かなかった事.

性欲を自制心と虚栄心によって律する中で密かに、
しかし確かに抱いていた下心.

タイトルにある「敵」についての意味を考えてしまう.
ある日、儀助のパソコンに突然"敵がやってくる"と
いうメッセージが届いて以来、彼の意識は一気に
混濁していく.

“老い”なのかもしれない.それとも過去疎かにしてきた
出来事のそれぞれの“復讐”なのかもしれない.
その正体が何であるかが明確に語られない以上、
それぞれがそれぞれの「敵」を想定して鑑賞し、
考察して観ていくしかないのだ.

それは現実なのか幻なのか.そして、敵襲来以前の
日常はどうだったのか.儀助の混乱はそのまま観客
にも伝染し、多くの人が感じる老醜の残酷というような
ありきたりの結末に収まらない、衝撃のラストへと
突き進んでいく.

渡辺儀助役の長塚京三の演技力は絶賛ものだが、
監督がキャストを想定して脚本の初稿を書き上げた
と語るだけあって、儀助という人物のリアリティのある
説得力は素晴らしい.
時に滑稽な姿さえ晒してしまう振り幅の豊かさも、
長塚京三が積み上げてきたキャリアの賜物だろう.
 

 

鷹司靖子役の瀧内公美の美しさは、モノクロの世界
に於いて抜群の存在感を放っていた.妖艶さと成熟
した大人の女性さを兼ね備えた靖子役には適役で
あった.

ラストの穏やかな儀助の遺言の読み上げシーンを観て、
自らの“老い”への恐怖とか、“死”自体への恐怖に
ついて考えてみた.

結局誰にとっても、現世の煩いや執着を手放して
穏やかな死を迎えることは、かなりハードルの高い
ことなのだろう.

今際の際まで惑い続け、意のままにならないものを
抱えたまま終わってゆくのが大半の人間の人生なの
かもしれないと思う.

それがむしろ当たり前なのだと思っていっそ受け入れ
れば、死に方に対するハードルが少しだけ下がるような
気もする.
結局は、今を生きることに集中するしかない…と思った.