父のこと。
前回の続きです。
抗がん剤治療1回目で敗血症になり生死をさまよった父。
孫と面会後に食事を少しずつ食べれるようになりました
2018.4月
医療センターから日赤病院へ、リハビリ目的で転院
その頃はなんとか立ち上がれる、ぐらいでした。
食事が取れるようになり、顔色も良くなっていきました。
まだまだ痩せていますが少しずつ元に戻る予感。
父「医療センターで、ふと鏡を見たら死相が出てて焦った」
と、後に話してくれました
確かに、生死をさまよった頃は血の気が無い顔をしていました‥。
ゴールデンウィーク明けに退院できることになり迎えに行くと、
父「ラーメンが食べたい!」と笑顔ではしゃいでいる。
めちゃくちゃ嬉しかったです
病院から出てそのまま、父の大好きなラーメン屋さんに連れて行き、
ラーメン、白ご飯、餃子を完食すごー
そして久しぶりの自宅へ。
介護保険を使って、お風呂玄関トイレに手すりを付けました。
ありがたい制度です。
この頃の父は動きはゆっくりですが、
身の回りのことは自分でできるぐらい回復していました
その後は無治療で自宅満喫タイムです。
兄姉が帰省して鰻を食べたり、体重も白血球も増えて、元気に活動。
定期的に医療センターへ行き、経過観察をしていました。
咳はお薬で落ち着かせてもらっていました。
2018.8月
主治医の診察
右肺のガンは1回しかできなかった抗がん剤が効いている。
放射線治療も効果あり。
でも、水が溜まっているので再発かもと。
新たに左肺に小さいガンができている。
体力も戻ったしそろそろ抗がん剤治療を再開しましょうか。
とのこと…
父は全く落ち込まず、
「今年、初盆になるかと思ってたけど生きてるだけでありがたいよ!」
と言っていました本音です。
食欲も元気もあり、本人的には絶好調らしい
抗がん剤が始まる前に
久しぶりに温泉に行きたいと言っていたので温泉宿を予約。
兄姉私から両親へプレゼントしました
抗がん剤(アリムタ、カルボプラチン)を試したが
CT検査の結果増悪。
次の抗がん剤までの無治療期間に旅行
2019.4月
長野県への旅行。
これは私も行きました
飛行機に乗るのと、ちょっと遠いので両親だけでは心配で。
長野は行ってよかったです。
父との思い出です
この後は、尿路感染症で熱が出て入院したり、
帯状疱疹になって入院したり、肺の水を抜いたり。
外来でキイトルーダをしながら小康状態を保っていた父。
キイトルーダはよく効いてくれました。
のんびりと自宅で自由な生活を満喫していて、
このままずっとこの生活を続けたいと言っていました。
そんな父。
どことなく元気がないな、
と思ったのは亡くなる半年前でした。