chakkorokeさんのブログ

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思ったこと書いてみてます。
たまに 乱暴な言葉と表現使ってます。
ので あしからず

Amebaでブログを始めよう!
ながーく ながーく 日記放置してました。
と言うか書けませんでした。

旦那弟のお通夜は
弟嫁は みんながローソクの火を気にかけながら
昔話をしてるよこで 弟嫁一家は布団で寝てたし

初七日にお坊さんにお布施あげるのも
弟嫁はしないし
後でお布施あげなきゃなんて知らなかった!っていってたし

祭壇に飾る花も弟の職場から花のギフト券が五万円いただいてたのに 買ってきて飾って欲しいと義理母がゆうとスーパーマーケットで盆花ひとつゴヒャクエンくらいので 旦那や義理母 激怒したし

朝はお水 ご飯を祭壇にあげないし
理由は だって たっちょん実家に帰ってきたんだから!お母さんお父さんがするの当たり前でしょ!(≧∇≦)だって
あー通りで 何一つしないのね

お坊さんが来ようがお茶だしません
動きません
全て長男嫁のわたしchakkorokeがするのが当たり前でしょ。。。って感じだし

49日が来るまでには
嫁vs弟実家になってたのは言うまでもなく
49日当日 嫁とそのご家族は 来てくれた方が帰るとき見送りもおみやげも渡さず お坊さんとはなししてたり
あまりにも ひどく 旦那実家激怒で
解散するとき
言い合いになり はいサヨウナラとなりました

そのご
弟嫁は旦那実家に
このままでは 嫌なので 姻族終了届けだしましたと手紙で報告してきたにも関わらず
一周忌には招待状が届き
勿論欠席に丸つけて返送
で こちらはこちらでしました。

三回忌もしましたが



風の話では
あちらは三回忌しなかったそうです


いろんな方がいますが
この先弟嫁を越えるかたはいないでしょうね!

勿論旦那実家にも非はあります。
でも 弟嫁は( ; ゜Д゜)(´д`|||)


こんな感じでした

最後に
弟嫁は羽振りが良くなったみたいです
まっ民事と労災で宝くじ当たった位の額が入り
毎月遊んで暮らせるお金が入ってるようです。
旦那実家にそのお金を取られると思ったのでしょうかね?( ̄▽ ̄;)
だからあんなにな 態度だったのかしら?( ̄▽ ̄;)
まぁ 今となっては
何がなんてもうしらないさ(。´Д⊂)

私が思うのは
わたしまで巻き込むなんて(*`Д´)ノ!!!
ですな

次の日 
旦那は 先に実家に行きこれからの話しをしながら 刑事さんからの電話を待っていました。
私と娘は 旦那からの連絡を待っていました。

娘といながらも 私の心は別のところにありました。
目をつぶれば 昨日の病院での弟の姿が目に浮かんで・・・・
みうちの不幸を 私は 初めて迎えたのもあるし 
そのはじめてが 弟なんて・・・・・

そうしていたら 電話が鳴り 
旦那「今から迎えに行くから・・・」
私  「わかった・・・・」

そして娘とそとにでました。

外に出たら 車で 旦那と弟嫁が待っていました。

その足で
東署に向かい
弟を迎えにいきました。

受付に行き 話をして
手続きのために 担当の刑事さんと一緒に車に戻り車の中で 色々と話を聞きました。
たまらない気持ちでした。
死亡状況・・・・死亡した原因などを聞き
書類に弟嫁が 署名をして・・・・・

そして 手続きが終わり 
弟に会いに・・・・迎えにいきました。

弟は 車庫のような辺鄙な場所・・・・の台の上に寝ていました。
とてもとても寒い場所でした・・・・・
胸が熱くなりました・・・・・
本当は娘をこんな悲しい場所には連れてこないほうがよいのかもしれませんが・・・・・
大切な旦那の弟・・・・で 娘には大切なおじさんです・・・・色々な思いがありました・・・・・

でも 娘には 寝ているように見えたようで
娘「ねんねしてるね♪」
そういってました。

弟嫁は・・・・・
ぼーと見てるだけでした

旦那は 悲しくてその様子を語ることはできません・・・・

そして 私達は車に戻り 実家へと帰りました。
弟は別の車で帰宅との事でした・・・・

つづく

検死が終わり 司法解剖をするということで
私は すこし「ほっと」してしまいました。

霊安室で検死が終わる間 ずっと 弟に申し訳ない気持ちでいたから

本来要るべき人がいなくて 
義理姉の私が搬送車に付いて行くことになって・・・・
奥さんじゃなくて 
本来そばにいなければいけない三人じゃなくて・・・・
「 ごめんね 」
という気持ちでいっぱいだったから・・・・・・・・
だから
「ほっと」してしまいました・・・・ゴメンネ・・・・・

私がそう思っているときに(旦那もそう思ってたと思います)
いるべき人たち(弟嫁ご一行)は
自分の家に帰り これから旭川で過ごすための荷物を 選んでいたのですね。

もし私なら 
自分の両親に 荷物を頼んで
夫のそばを子供達と一緒に離れなかったろうな・・・・・
冷静に考えて荷物を取りにいくなんて考えは 浮かばないかも・・・・
自分じゃなくても 荷物の場所とかは携帯電話でやり取りして持ってこれるだろうに・・・・・
子供のオムツなんて 紙おむつなんだから ツルハで買えばすむのに・・・・・
上のこの荷物も 自分の実家においてあるんでしょうに・・・・

もうすでに 夫がなくなって悲しいよりも 
さあ どう生きるかと 割り切っていたように思えるよ (今考えるとムカムカします(-_-メ))

私 病院に駆けつけたとき 
ICUの控え室に入るとき すごく色々考えたんだけどな・・・
夫がなくなって衰弱してるであろう人に会うんだからと・・・
でもICUの控え室に入ったら そんなじゃなくて・・・・
でも はかなげに見えたから 言葉うまくないけど
「がんばったね 大変だったね でも これから沢山踏ん張らないといけないから 大変だろうけど できることは支えるからね だから・・・・」
と言うしかなかったけど 
弟嫁は 
「ありがとう。。。。。おねがいします」
っていったよね。
でも 私の気持ちが 仇となって帰ってくるとは 
この時の私には 考えもつかなかったよ(/_;)

後でわかったんだけど
弟が こんなさびしい気持ちを日々抱えていたなんて知らなかった・・・・

そんなこんなで 病院を後にして 私達は 旭川に帰ったんだけど
この日は この冬一番の猛吹雪で 帰るときは前も見えない場所も多くて 
まるで 弟のさびしい気持ち と なくなったことに対して怒っているような 
天気でした。
よく 無事に みんな帰ってこられたと思うよ。

家について 
2年かな・・・ん~・・・3年ぶりくらいかな
旦那の実家に行きました。
色々あって 疎遠になっていたので 正直勇気はいりましたが 
そんなこと 今は 言ってる場合じゃないからと・・・

でも 久しぶりに会って 弟のことや いろんなことを話し 
私も素直に今までのことを謝って・・・・
許してもらえて ・・・・
これって 弟のプレゼントだったのかな・・・・
ありがとう絆は深まったよ・・・
ありがとう・・・

娘も ばあちゃんとじいちゃんが増えたって よろんこでいました。

色々話していると
弟嫁のほうから 連絡が入り
旭川に帰ってきていると連絡がはいりました。
この日は 弟嫁は こちらには来ず 実家ですごしました。
どんな 気持ちだったのか・・・ 

今思えば このときすでに 気持ちは 旧姓に戻っていたんだよね・・・・・

怒りゲージ MIN ■■■□□□□□□□ MAX (-"-;)ムム
怒りゲージ MIN ■■■■■■■□□□ MAX (("o(-"-;)プルプル
怒りゲージ MIN ■■■■■■■■■■ MAX o(`Θ´)○☆パンチ!
                        私は こんな気持ちです
弟を迎えにいくに つづく

 

せっかく書いた日記がきえた(;_:)

むなしい(/_;)

2月14日に 仕事中雪下ろししていて落ちて
2月15日に なくなってしまった弟・・・・・・・・・
私は最後のとき見れなくて・・・・・・・・
病院ついたときには ICUで冷たくなってきていたよ。。。。。


でもそのとき。。。んにゃ!その前から弟の奥さんとその両親は冷たかったそうだ(この内容はのちほど)・・・

横になっている弟にあって・・・
なんともいえない気持ちがこみ上げてきた
あってなかった時間が多かったから あっていればと後悔もしたし・・・・・
もう一度声が聞けるものなら声が聞きたかったし

でも 私達がそうして弟と接してるあいだも 弟の奥さんはすすりないてたけど
なんとなく 冷たさがあったよ 
そのときから なんとなく感じていた違和感は 
私達にとって49日までには 苛立ちと悲しみに かわっていったんだよね・・・・・

そして ICUの控え室で放心状態でいたら

看護師さんがきて

なくなった弟を
名寄から旭川まで弟の職場の人が送ってくれるから 
その付き添いで みうち一人ついてきてくださいっていわれて
むこうは(弟の奥さんご一行) ・・・・・・・・えっ・・・・・・・(・・?
という感じ
だから兄であるだんなが 「僕がついていきます!!!」
っていったけど その日は猛吹雪だったから だんながついていったら私と娘が帰れなくなるから
断念・・・・


そしたら付き添いがいないでしょ!!かわいそうでしょ!!私しかいないよね(*_*;
ということで わたしが名乗り出たんだけど・・・・


私「それじゃ わたしがついていくよ」
旦那「うん」
そして 
私は むこうのおとうさんに「わたしでいいですか?」 
向こうの父「はい」


私は向こうのおかあさんに「わたしでいいですか?」
向こうの母「はい」


弟嫁に「本当にわたしでいいの???????」
おとうと嫁「はい おねがいします」
っておい!!!!おまえがいくんじゃね!!( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚
と思ったけどいえずに 私で決定( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚


そして彼女たちは 美深に荷物を取りにいくのでとそそくさと5歳の甥っ子 2ヶ月の甥っ子とともに退場してったよ( ̄へ  ̄ 凸
奥さんなのにね 子供なのにね・・・・・
弟は さびしかったろね。


そしてわたしと娘とだんなは 霊安室へ行き 来た警察の人に
刑事 「おくさんですか?」
私  「違います」
刑事「奥さんは???どこですか????」
私  「帰りました」
刑事「(-_\)(/_-)三( ゚Д゚)」「ってあななたたちは誰ですか?(゚Д゚)」
旦那「兄です その嫁です その娘です・・・・・・」
刑事「w川・o・川w 。。。そうですか・・・・とりあえず検死始めます 。。。
が奥さんに電話して置いてください。●●という刑事から電話があるということを・・・・・それでははじめます」


しばらくして
刑事「詳しい死因がわかる為には司法解剖したほうがいいと思いますが どうしますか?」
私達「お願いします」
刑事「奥さんにも了解とっておきますね・・・・・」
私達「お願いします」
私達は 旭川に帰っていきました。


その間 向こうの父から旦那の父に
向こうの父「お父さん霊安室にみうちいなくてもいいんですか?」
旦那父「私達は達也を迎える為の家の準備しなくてはいけないので旭川に帰ってる途中なんですが・・・・」
向こうの父「ああそうですか・・・・・・」
という会話してたらしいけど・・・・


みうちって・・・
お宅の娘さんじゃないんですか???
おくさんでしょ!!!!


あーーーーーーだめだこりゃ・・・・・


 ゴジラ姫に どんだけシール はられりゃきがすむのぉぉぉぉ



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ほんと なすがままって こういうこというのかしらあせる

アメブロデビュー

気が向いたときに
のんびり かいてこうと
おもってますDASH!
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