金曜日に実母と一番仲の良かった妹さん(なおみおばちゃん)と初めて話した。


なおみおばちゃんは千葉に住んでて常にお母さんの側に居た人。


母が父と結婚していた時から家に出入りしていた人で、当時3〜4歳だった私も覚えてる。


亡くなった母に会わせてくれたのは福岡の八重美おばちゃん。


そのおばちゃんにお願いして連絡先を教えて貰った。


話せたのは短い時間だったけど、離婚の原因が大分のばあちゃんだった事が分かり、妙に納得してしまった。


父はマザコン。

大分のばあちゃんの言いなり。

じいちゃんもばあちゃんも次男坊の父を一番可愛がっていたみたい。


昔の九州人は男の子を大事にする。

出来が良ければ尚の事。

見目良し。

父の頭脳は私から見ても抜群。

学生の頃は勉強バカ。

明大出て当時珍しかった経営の専修学校まで出てる。何故、院に行かなかったのか。

院に進んだところで自分の学びたい内容じゃなかったから。人に使われるのではなく自分で企業したかったそうだ。

だから政治と経済にめっちゃ強い。

父は名前通りに育った。




父が離婚して私と弟を育ててくれたのはじいちゃんとばあちゃんなんだけど、ばあちゃんは弟を猫可愛がりしてた。

私はばあちゃんからは可愛がられなかったけど、その分じいちゃんが可愛がってくれた。



今回なおみおばちゃんの口から父や父の店の名前が出て、ばあちゃんの話が出て、ふと思った。


父の女選びの下手くそさは、ばあちゃんのせいじゃないのかと。


父方の叔父叔母に言わせると、ばあちゃんは男3兄弟の中でも父を特別に可愛がっていて、それは姉兄弟全員が感じていたそうで。

大人になっても父の会社の株をじいちゃんばあちゃんが買い、父の子である私たち孫に対しても他の孫より思い入れが強い様に見えたらしい。


そうは言っても父の会社の株は後ほど父が買い戻し、孫に対しては私達が一番年下の孫だったから手を焼いただけなんだけど。


言い方を変えれば、ばあちゃんはいつまで経っても子離れ出来ずに大人になった父を構い続けていたんだろうね。

だから父は結婚する度にばあちゃんから嫁の悪口を吹き込まれ、でも店が忙しいから嫁さんとロクに会話も出来ず嫁さんの気持ちに寄り添うことも出来ず、1人目には子どもと共に逃げられ、2人目(母)は半分父の思い込みで追い出し、3人目(継母)は悪女だったけどその頃のばあちゃんは昔の勢いを失っていたからそれを勘違いした父が「継母はばあちゃんが認めた女」と思い込み、継母の言いなりになり、結果捨てられた。



そう整理すると私の子育てにも大いに役立つかも…となおみおばちゃんと話してて感じたんだ。


我が子が可愛いのは私も分かる。

亮なんてポヤ〜っとしてるから本当に心配。

変な友だちに引っかからないか、

変な女に掴まるんじゃないか、とか(笑)


私は家庭環境が最悪だったから、簡単には人を信じられない。

だけど私の害にならず寧ろ良い影響を与えてくれる人を見抜く力は充分過ぎるほど有るけど…


ばあちゃんが父を手放せなかった様に、私も子ども達を手放せないと、特に亮は父の二の舞になってしまうんだろうな。


じいちゃんは、当時そんなばあちゃんを案じていたと思う。

じいちゃんとばあちゃんは太平洋戦争の時には既に夫婦だったけど、お互いに好き合っていたんだって。恋愛結婚かどうかは知らないけど。

でもじいちゃんは戦争に何度も駆り出されて、重傷を負ってもちゃんとばあちゃんの元に帰って来て、じいちゃんが居ない間はばあちゃんが子ども達をしっかり守って。

戦争に何度も行ってちゃんと帰ってくるから位がどんどん上がってお金には不自由させてなかったみたい。


孫の目から見てもじいちゃんはばあちゃんを大切にしていたと思う。


だけど、ばあちゃんはいつまで経っても次男坊から離れられず。

その子ども(孫であり私の弟)を甘やかし、見かねたじいちゃんは弟をかなりしごいてたなぁ。

幼稚園で剣道を習わせて、家では弟が竹刀に対し、じいちゃんは木刀。

幼いながらに私は「じいちゃんズルい」と思ってたわ。

あの木刀、どこに行ったんだろうなぁ。

めっちゃ重かったけど、アレで筋トレしたら効果出るだろうなぁ。


ばあちゃんの悪口を言うと父は悲しい顔をするから、いつの頃からかばあちゃんの悪い話はしなくなったけど、私と亮はばあちゃんと父のようにならない様に気を付けなくちゃ。


そして、なおみおばちゃんと話していて気が付いた事がもう1つ。


母は夫の育て方を間違えた。

千葉のおじさんは母に甘やかされ過ぎて、どうしようも無い甘ったれジジイになってしまったえー


その話はまた今度キョロキョロ