私が魅力されてやまない
クラニオセイクラルのワーク。



クラニオセイクラルって
まず言葉が難しいのです。



なかなか覚えてもらえません。




皆に馴染みがないことよくわかるから



一体どんなものなのかって
伝えようといつも思っているのですが…。






何度もトライしようとしました。




でも私の言葉で表現しようとすると



クラニオセイクラルワークの奥深さを
全然表現できないと感じてしまうのです。





でもでもやはりこの素晴らしさを伝えたい!
アウトプットすることで自分の理解を深めたい!




だから、あきらめず


少しずつトライしようと思っています。




そんなことを日々感じているときに



何の前情報もなしに子どもたちと
「海獣の子供」という映画を観ました。







まさに私がクラニオセイクラルワークで


感じていることを表現しているようで

 




なんだこの映画は!?




と感動と驚きでいっぱいになりました。




映画のなかでジュゴンに育てられた兄弟の兄
空は言います。



 


"宇宙は人間に似ていると思う。

人間の中にはたくさんの記憶の断片が
バラバラに漂っていて

なにかのきっかけで
いくつかの記憶が結びつき
ちょっと大きくなっていく。

そのちょっと大きなった記憶に
さらなる記憶が吸い寄せられて
結びついて大きくなっていく。

それが考えるとか、思うということでしょ。  

それはまるで
星の誕生、銀河の誕生する姿にそっくり"




と言います。






私も人間は宇宙と似ているって思います。



複雑なシステムのなかに秩序があり


体の中には、遺伝子レベルでさまざまな記憶が
織り込まれています。




とうてい理解できそうもないくらい壮大な記憶。




そういうもの表現形が


体なんではないかと思うのです。 







そして世界をたった一人で航海する
海の何でも屋、デデは言います。



 


"風はあらゆる記憶をはらんでいる。 

私たちはそれを言葉におきかえ
詩や歌にして伝えてきた。

だが限りある言葉では風のほんの一部しかとらえられない"



あー、まさにこの感覚!


限りある言葉では

クラニオセイクラルワークの



ほんの一部しかとらえられないのです。






クラニオセイクラルワークの

概念のひとつである




生命の息吹(ブレスオブライフ)




言葉にして理解するという作業も必要なのに


言葉だけで理解しようとすると




手の隙間から砂がこぼれ落ちていくような
繊細さがあります。




でも、感じれば
力強くここに存在しているのです。






あー、やっぱり上手く表現できません。




私がこの映画と

クラニオセイクラルワークで



共通して感じたことはつまり



生命の誕生

命の神秘

言葉に表せない気持ち

感じることの大切さ

宇宙と人間は似ている

水と生き物の記憶





こんなこと。


言葉だけではなく、美しい映像からも
感じることができます。




映画のエンディングの


主人公の琉花のことばにも


クラニオセイクラルワークの

世界観があらわれています。



興味があればぜひ映画観てみてください。




 


"いつでも体のいちばん奥で
 ちゃんとつながっている。
一番大切な約束は言葉では交わさない"




これからもトライし続けます。