私は最前のブログの中ですべて書き尽くしたと述べましたが、肝心ないつも私が行っている一番単純なやり方を忘れていました。対称となることに気付いたのはつい最近のことで、それ以前から私が行ってきたのはもっと単純で分かりやすいものでした。この分かりやすいやり方に基づいて追及してきた結果様々な発見をして、最終的には三通りにまとめたということです。このやり方は、最初から考えの中にあった原則を忠実に実行したもので、簡単に言うと次の通りです。
一つの例を挙げながら説明すると分かりやすいでしょう。This student goes to school and studies English.これを英語物差しを使って聞いていくわけだが、その前に英語物差しに一つのセッッテイングをすると操作が容易となる。それは、一つの物差しを水平に置きこれに中心点をひっかけるようにもう一つの物差しを垂直に組み合わせる。単純に一つの物差しの点を目で追っていくこともできるが、こうすることで動きが簡単で楽になる。子音の時は中心点を意識してもう一つの物差しの上の線を下に押し下げその先端で点として音をキャッチ、母音の時は、その下の線を持ち上げ音の動きに合わせ線として音をキャッチ、この上下動を繰り返すことで音節を順次作っていくことができる。これを例にしたがって述べると、最初のThは子音であるから上の線を下げ、その先端でキャッチ、 i は母音であるから下の線をあげる、s は語尾の子音であるから点を意識しキャッチするとともに動きをストップする。点、線、点の構成となり前の枠へと送る。studentも同様にしてstを一個の点、u を母音の線、d を子音の点、e を母音の線、nt を一個の点、とし、点、線、点、線、点の構成で前の枠に送り、二つを合わせてThis student として主語枠を作る。次に動詞のgoesであるが、動詞は点としているので上の線の前端で点、線、点としてキャッチする。これを動詞として前に送り主語につなげる。to は前置詞でそれ自身イメージがないので音だけということで動詞同様に扱い、点、線。school はイメージがあるから上下動で音をキャッチ、点、線、点とする。and は音だけで動詞扱い、線、点。studies は動詞であるから、点、線、点、線、点 English そのものには空間は存在しないが名詞であるから同様の扱いをして線、点、線、点として文を終わる。これを点と線で表すと、・-・・-・-・・・・・・・-・・・・・-・-・-・-・となる。慣れると瞬間的に頭が働きこうした点と線を経て実際の音が容易にキャッチできるようになる。但し、常に正確にできるわけではない。それは、必ずしも語頭が子音とは限らず、母音の時があり調整が必要とされるからである。また、名詞と動詞の区別も同様である。その他形容詞、副詞など個々の品詞を確定するには英語物差しを使う際にもこういったずれの調整は避けられない。むしろこういった調整を瞬間的に果たすため私は一つのそれを測る目安として英語物差しを必要としてきたと言える。こういった品詞間の関係や動詞と他の品詞の結びつきを迅速に把握するために。私の経験では確かにそれが可能となり生ずるロスを最小限にできたのでこれにこだわってきた。他に方法がなかったも理由の一つである。このようなことを言って済まされるのは、聞き取りという立場にあるからで要するにすでに出来上がっている言葉を正確にキャッチし理解すことが求められているからである。自分の言葉の正しさは求められていない。相手に合わせるのだからむしろこうした調整こそ必要条件といえる。調整のあることを不完全の理由としてはならない。
調整を最小限にとどめることが良否の基準といえる。
ここでは、私は、基本的にはこのように音を点と線に変えて早く発音される音をキャッチしてきたという経験に基づいて聞き取りの基本について述べた。言葉というのはもともと音のやり取りで、音が文字化されるのは、人類史上では後のことである。これも言葉の本質を追及するための一手段としての英語物差しの使用であると理解してほしい。このため私は、翻訳者として文字で記憶してきた技術用語や訳文のほとんどを頭から取り去った。今は、言葉の段階を卒業、音楽それもロックの聞き取りに追われている。このように英語物差しにこだわった結果がこの有様で恐らくこのようなことにはまる馬鹿は私以外にはいないと思っている。その結果行き倒れてくたばることになっても成り行き上仕方がないと。只今は、生活保護の身別の言葉でいえば、禁固,軟禁状態にされているともいえる。この上自己破産を強要され、騙し取られた金の請求権まで奪い取られるということになったら私の人生は何だったのだろうということになる。しかし多くの人が志半ばで死んだり、葬り去られた戦前、戦中など昔のことを考えるとまだましといわねばならない。宗教家の吹聴する神の姿は私の中には既になく、心の中には隙間風が吹いている今日この頃次に襲いかってくるものは何かわからない。死ねば早々と先に去って行った息子に会えるかどうかもわからないと悲嘆にくれる毎日である。空には、二羽の禿鷹が私を狙って貪婪な舞を続けている。
それにしても携帯電話番号を知らせながら出ようとしない、金を騙し取った元子爵高辻の息子の真意とは何だろう。最後の手段は、携帯の番号をばらすことと考えているが、彼らは言うだろう。電話番号を変えればわからないと。今は天神様として神となり多くのものの崇拝を受けている菅原道真の子孫である。詐欺の神と呼ぶにふさわしいではないか。異議があるなら堂々と出てきて身の潔白を証明せよと言いたい。天神さまには という弁護士もついておりそれができないわけではない。さらに元気で日本の将来を憂いている という探偵もいるではないか。 さらに元御華族様や、警察、裁判官、ことと次第では皇族まで味方に付けることのできる身分ではないか。潔くせよと言いたい。私は、金を騙し取られた本人でありその直接の被害者である。誰もこうする私を妨げることはできない。警察、検察、裁判官、探偵までいずれも私には役に立たない無能者揃い、でも詐欺の加害者には、味方してくれる尊い存在だ。特に警察は私が殺された時には駆けつけるという。それ以外には動かないとんだお荷物だ。でもあなた方にはたのもしい味方となるはずだ。
上記のように、私が英語物差しにこだわるのは、私にとって良い働きをしたからで、それ自身が完全だからというつもりはない。小さくて持ち運びができることと英語についてよい目安を与えてくれるということで非常に役立っている。それでよいならほかの人にもと思うのは当然のことである。これまで削除のなりかねない内容を削除もしないで載せてくれたプロバイダーに敬意を表する。心から感謝申し上げる。このぶろぐはこれでおしまいではない。懸案を解決し、明るい情報や話題を発信したいといつも心掛けている。