夕焼け空が広がっている……
家路に急ぐ人や車の音、子供達の声…
蝉の鳴き声は相変わらずせわしなく聞こえるが、色々な声や音と混ざり合い、少なくとも自分のいる環境とは明らかに違う喧騒にしばらく浸っていた……
僕はこの音やざわめきは初めて聞くのだろうか?それとも以前はこの中に何の違和感も無く居たのだろうか??
今日会ったあの人の大切な人……彼もきっと、この何気無い喧騒の中で普通の暮らしをして居たのだろう……
此処であの人と幸せに暮らして……
日々の生活があって………
僕とは違う、まるで別の世界の事のようだ……
成瀬……領…………僕と似た他人……

帰りの車の中、今日の出来事を楽しそうに話す男の顔は少し高揚し、いつもよりも饒舌だった。
『へーっ、そんなに似た人がいたんだ。
その彼女達もびっくりしただろうね…』
『…ええ……、最初泣かれた時にはどうしようかと思ったけど…うん…笑顔になってくれて良かったです』
『そうだな…』
『まさかそんなに似てる人が居たなんて…なんだか不思議だな…僕はどんな人生を歩んで来たんだろう……
あんなに想ってくれる人が僕にも居たのかな……』
ふと、何とも言えない哀しげな目をする…それは入院生活中にも何度となく見かける哀しげな目だった…彼は意識しているのか?無意識にする彼の癖のようなものか…?
それとも……………
あの状態で運ばれてきたからには、とてつもなく壮絶な何かがあったことは容易に想像はつく……
でもそれ以上の事は聞いていない……それがあそこでのルール……
任された以上、最善の治療をするのが自分の役目…
でも今は医師と患者でありながらも、少しずつ心を開き、信頼関係を築けた事への喜びと、時々見せる精神の脆さと危うさを垣間見るとどうにかしてこの人を助けてあげたいと思うようになっていた……
この人の過去は知らない…この穏やかな優しい微笑みをする裏で、何が起こっていたのか…あの人に聞いてみるべきか…
『先生…どうしました?急に黙って』
『あ!いや…それより体調はどうだい?疲れただろう…』
『ええ…少し…でも大丈夫です…!あ…そうだ…一度急に呼吸が苦しくなったとおと思ったらいきなり酷い頭痛が…でもすぐにおさまりました…あんな事初めてだったな…』
『え………どうしてそれ早く言わないの!無理したら駄目だって言ったろ!』
『…すみません…でもすぐ良くなったし…あの……また連れ来て頂けないでしょうか?時々でいいんです…』
『おいおい……そんな事があったとなるとな……う~~ん』
『お願いします…ちゃんと気を付けますから……』
『何?もしかして……その彼女に会いたいの?』
『…え!そんな……僕はただ、またあの図書館へ行って……その…勉強して……』
『ふふふ…何?図星?わかったよ!
但し直ぐには無理だよ!ちゃんと調べて、ちょっと様子みてからな!』
『……はい…ありがとうございます……あ……』
ふと男は子供がくれた手紙を思い出す。
『そう言えばあの子…何でコレくれたのかな…』
『え?何?』
『公園で、男の子がこの手紙くれたんだけど…間違えたみたいなんだ。誰かに頼まれたって……ほら、この成瀬領様って……』
『…成瀬?』
『しかも、彼女達が間違えた人の名前が成瀬って言う人だったんだ…間違えたんだと思う…もう亡くなってる事知らないのかな…』
………………成瀬?……………
なぜ…彼に?………その名前は………
木々の中に建つ静かな佇まいの建物…
そこに彼が来て一年…
今では笑顔を見せるがそれもここ数ヶ月の事。
今日の出来事が、彼にとってどれほど大きな事か…流石に疲れたらしく、帰宅後早々に休んでしまった。
話に聞いた症状にも少し不安が残るので明日検査してみよう……
あの赤い封筒…成瀬領の文字…
携帯を出すと電話を掛ける。
数回の呼び出し音……『やはりまだつかまらないか…………』
切ろうとしたとき、ぷつりと音がする
『…あ!…もしもし!!』
思わず慌てて声をあげる
向こうから久し振りに聞く、相変わらずの冷静な声が帰ってきた…
『…はい…榎本です………』
『良かった!!やっと繋がった!榎本さん…
今までどうしてたんですか?随分掛けたのですが繋がらなくて…』
『すみません、海外へ行ってまして…つい先日戻ったばかりです…どうしました?彼はどうしてます?』
『そうだったんですか…いえ、彼は随分回復してます。まだ色々検査は必要ですが…』
『記憶は戻ったのですか?』
『…いえ、それはまだ…今リハビリを初めて…今日初の外出をしました』
『そうでしたか…元気そうで良かったです』
『…榎本さん…少しお尋ねしたいのですが…』
『………何でしょう』
『…今日、外出先で彼は変な物を貰って来たのですが……何か不思議なのですが…
その…封筒を持ってまして…』
『………封筒?』
『はい、子供に渡されたそうですが、その子も知らない人から預かったと…その宛名が…』
『…宛名?』
『……はい………成瀬領だったんです…』
『………成瀬……………?』
その名前に榎本の顔が曇る……
眉間にしわを寄せ指がせわしなく動いた…
『………すみません、近々伺います。彼の周りに十分注意をして下さい……』
『……わかりました。お待ちしてます』
榎本は、不穏な何かが動き始めたことを感じた…………
………成瀬……領…………
……誰がその名前を……………

続く………